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2006年7月31日 (月)

音楽文化の冒涜に対してもっと真剣に考えるべきだと思う

少し前になるが、7月21日の朝日新聞夕刊(関東版)のコラム「」に、
今年のサッカーワールドカップのNHKテーマソングである某曲について書かれていた。
全文を引用する。

W杯の期間中ずっと気になってたことがある。

それはNHKでテーマ曲として使われたオレンジレンジの曲のエンディングの”ウォーウウォッオッォー”の部分の音程なのであるが、何度も聞かされているうちに、もっと気になることに思い至った。

実際あの曲は我が酒場仲間にも評判が悪い。”なんかイヤ”だの”サッカー文化への冒涜”だの”あの曲のせいで負けた”だの・・・・。そこまで言われると酒場の戯れ言とはいえ、同じ音楽でメシ食う者の先輩として非常に切ない。

無論、彼らはプロなのだから受けねばならない批判は受けねばならないだろうが、僕は彼らの不明より、むしろそれをスルーしてしまった大人やプロの”まあいいか”の連鎖に強い憤りを覚える。

スポーツと流行歌という珍妙な取り合わせが定番となりつつある(もちろん人気復活には手段としてアリだが)テーマ曲の昨今であるが、その競技への理解や大会の歴史に対する尊敬がないアイデア(アイドルロックバンドで元気な曲)を、ズバリ幼稚な仕事と再考を促す上司はいなかったのだろうか。また製作の方にも、僕の気になる合唱部分の音程を直そうと、もしサポーターの歌のように聞かせたいからこのままにしたいと言うならベースをぬいてこの部分は前奏にしてサビを新しく作ろうと、もっと言えば、サポーターの歌なら本物をサンプリングしてそれを下に曲を作り直そうと、創造的な助言をする大人は、彼らの側にいなかったのだろうか。

大人の仕事は、若者を励まして見守ることだと思う。そしてダメなものとわからないものの差がわかるための修練と勉強を、そしてそれを正せる勇気と愛情を持って初めて大人にしかできない仕事(長とかプロデューサー)をする資格が持てるのではないのか。

サッカーはその国の国民性を表すというが、ジーコは体格と体力が足りないと言った。僕はそれより責任感と愛情が足りないのではないかと思っている。中田の抜けた穴より大きな穴が、この国にはあいている。

よく言ってくれた!素晴らしい。

私はこの某曲がテーマになるという事を知ったとき、このブログに以下のようなことを書いた。
「とある事情により、今年のW杯は、民放or音声なしで楽しむ事になりそうです。」
http://niw1978.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_b89a.html

まあ実際はそんな風にはいかずに普通にNHKで中継見てたわけですが、
やはりこの曲(てか曲と呼んでいいのか?これ)が流れるたびに非常に気分が悪くなり、
ミュートにするorチャンネルかえるorTVオフという対応をとってた身には、
快哉をあげたい気分ですよ、本当に。
さすがに、これのせいで日本が負けた訳ではないでしょうが、
あまりに音楽に対して無頓着なマスコミや、こんなのをデビューさせたレコード会社、そしてこんなのを買ってしまう日本人(日本人だけとは限らんが)に非常に憤りを感じるわけです。
なんで、日本にはポピュラーミュージックをきちんと評価できる媒体が皆無なんでしょうね?
アメリカのビルボードチャートみてても、こんな音楽以前のものなんて1曲もチャートインしていない。
まずデビューなんてできるはずないでしょう。
グラミー賞なんて売れたものが必ず受賞する訳でなく、(評価方法がどうとかいう話はおいといて)曲を評価し、受賞者を決定しているんです。

よく、音楽は趣味の問題で、好き嫌いは人次第で干渉すべきでないという話を聞きます。
基本的には、私もこの意見には賛成な訳ですが、
音程がズレまくってる単なる音痴なだけの雑音であるこの某曲にこれは当てはまらないでしょう。
こんなのをダメっていえない(思わない)人がいる、日本は狂ってるとしか思えない。

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