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2012年6月 2日 (土)

社説を読む 第18回

2週間分まとめて。


5/20付朝日
 軽減税率の長所は、わかりやすいことだ。食料品に適用すれば、所得の少ない世帯は確かに助かる。増税への反対が根強いだけに、メッセージとして伝わりやすい点が法案を審議する国会議員には魅力だろう。

 だが、短所は少なくない。

 まず、高所得世帯まで恩恵を受ける点だ。所得が高いと消費額は多いので、軽減税率で免れる税金も多くなる。

 何を軽減税率の対象とするのか、線引きも簡単ではない。真っ先にあがるのは食料品だが、高級牛肉もキャビアも対象にするのか。外食はどうか。生活に不可欠という点では、電気やガス、水道、電話代もある……。

 さまざまな業界から適用要望が相次ぐのは必至で、消費税収が大幅に目減りしかねない。

 すでに軽減税率を導入している欧米諸国も、標準税率との線引きには頭を悩ませてきた。

 「チョコレートはカカオの含有率が50%以上か未満か」(仏)、「ハンバーガーは店内で食べるか持ち帰りか」(独)、「ドーナツは5個以下か6個以上か」(加)といった具合だ。いずれも前者は標準税率、後者が軽減税率である。

 政府税制調査会によると、欧州連合(EU)各国の付加価値税(日本の消費税に相当)の税率を単純平均すると、標準税率が20%強、食料品への適用税率は11%だ。

 主に先進国からなる経済協力開発機構(OECD)では、19%と9%強。中国や韓国、シンガポールなどアジアの7カ国・地域では標準税率が10%弱で、食料品への軽減税率はない(いずれも11年1月時点)。

 食料品等に軽減税率を導入した国も時期はまちまちだ。英独仏は付加価値税の当初から、それまでの税制との整合性をはかって軽減税率を設けた。スウェーデンやノルウェーなどは標準税率が20%を超えてからだ。

【そもそも、軽減税率導入するんやったら、税率もっと上げないと効果薄いでしょ。】


5/25付朝日
 「原子力ムラ」は3・11後も何の反省もしていない。憤りと同時に、「やっぱり」との思いがつのる。

 原子力委員会の事務局(内閣府)が、電力会社など原発推進の側だけを集めた非公式な会合を20回以上も重ね、核燃料サイクル政策の見直しを議論する小委員会の審議前に情報を流していた。

 会合に小委員会から出席していたのは座長だけ。報告書案も事業者に有利になるよう書き換えられていた。

 原子力委員会への信用を根本から揺さぶる事態である。偏向したやり方が発覚した以上、組織は白紙から見直すべきだ。これまでの議論も不正な点がないか検証する必要がある。


5/29付朝日
吉田秀和さん―言葉の力を教えられた


5/30付朝日
 では、どこに救いを求めればいいのか。やりきれぬ思いで判決を聞いた人も多いだろう。

 建材に含まれるアスベストで肺がんなどになった建設労働者が、国とメーカーを訴えた裁判で横浜地裁は請求を退けた。

 被害を防ぐために国がとった吹きつけ作業禁止などの措置と時期は、それなりの合理性があった。事情が異なるメーカーをひとくくりに責任追及するのは無理がある――との判断だ。

 防じんマスク着用のルールを守らなかった事業主や労働者に問題がある。そんなふうに読める記述もある。だが、実情を知りつつ目をつぶってきたのも、また国ではなかったか。

 同様の裁判は各地の裁判所におこされている。そこには建設労働者特有の事情がある。

 現場を転々とし、特定の雇い主の責任を問うのは難しい。いわゆる一人親方など、実態は労働者なのに法律上は個人事業主とされ、労働者保護の法令が適用されない人も少なくない。

 働き手として最も弱い立場にあった人が、被害者としても最も弱い立場におかれ、やむなく国やメーカーと争う。社会の矛盾があらわれた裁判といえる。

 主張のなかには法的に困難なものもあり、司法の限界を感じさせる審理ともなった。


5/31付朝日
 こうした問題点を厳しく指摘してきた関西広域連合が30日になって、姿勢を転換したのにも首をかしげる。

 関西広域連合の会合に出席した細野原発相は、原子力規制庁の設置法案が国会で審議入りしたことを踏まえ、「規制庁発足後、大飯を含め新たな安全基準で再度精査する」と説明した。

 であれば、大飯を稼働させるにしても、あくまでこの夏に限定した措置とし、電力需要が一段落したところで再度停止することを明言すべきだ。


5/28付読売
 民主党には、マニフェストの撤回に反対論がなお根強い。次期衆院選で有権者から約束違反と指弾されるのを恐れるからだろう。

 だが、社会保障政策を現実的に前に進めていくことが重要だ。衆参ねじれ国会で、成立する見通しのない政策に固執し、公約を守ると強弁する方が無責任である。

5/31付読売
 だが、自公案には問題が少なくない。原子力規制委は5人の専門家で構成される。公正取引委員会のように、首相や他の府省の指示を受けず、独立して規制行政を担う仕組みだ。

 自民党は、保安院を「独立性が欠如し、安全を軽んじてきた」と批判し、東京電力福島第一原発事故を防げなかった失態を繰り返してはならないとしている。

 ただ、一刻の猶予も許されない災害対応の際、合議制を原則とする原子力規制委で、スピーディーに意思決定できるかどうか。自公案が緊急時のルール作りを規制委に委ね、具体的に定めていない点は詰めが甘い。

 しかも、規制委のメンバーは国会同意人事だ。時に政治的妥協で選ばれることになると、必ずしも適任者がそろうとは限らない。

 政府の体制にも課題がある。

 自公案によると、原子炉への対応策は規制委が所管し、住民避難や自衛隊の派遣などは首相を長とする原子力災害対策本部が担当するという。役割を分断し、首相が電力会社に関しても指示できるとする現行規定を廃止する。

 これに対し、野田首相が「危機管理上の最後の手段」として首相の指示権を残す必要性を指摘したことは理解できる。細野原発相も「国家の命運を誰に託すかということだ」と強調した。


5/20付日経
 だが過剰な守秘義務が、制度の検証を阻んでいる。裁判員法は裁判員に対し、判決に向けて裁判官と裁判員が話し合う評議の中身や裁判の過程で知った事実について秘密を守るよう定めている。

 違反した場合には、最高で懲役6月の罰則まで設けている。これでは裁判官が裁判員に助言をしたのか、それとも強く誘導したのかさえ分からない。

 たとえば被告が犯行を否認している殺人事件では、状況証拠だけで死刑判決を出した例もあるし、指紋などの物証が一定程度そろっていて無罪になった例もある。判決の結果は別にして、証拠をどう評価し、どのような議論を経て判決を導いたのかは、検証のために決定的に重要な要素である。

 米国のように陪審員に守秘義務をまったく課さない仕組みでは、自由な議論が妨げられるなどのマイナス面も考えられる。個々の裁判官、裁判員の発言や、プライバシーにかかわることは公表を制限したうえで、評議や議論の経緯が分かるよう、守秘義務の範囲を絞る必要がある。

 裁判員の選任にも課題がある。この3年間、裁判員候補になった人の辞退率は57%に上った。年齢や病気などやむを得ない理由が多いが、高すぎないか。首都圏で男性が連続して不審死した事件など、裁判員の在任期間が長い裁判では辞退率はさらに高まる。

 辞退者が多くなると、年齢や職業といった裁判員の構成が偏り、特定の人だけが参加する制度になってしまう可能性がある。勤務先の理解など、社会全体で裁判員裁判に参加しやすい環境をつくっていかなければならない。


5/22付日経
 電力市場の改革を議論している経済産業省の専門委員会が、電力販売を家庭向けも含めて全面的に自由化する方針で一致した。経産省は電気事業法の改正に着手し、2014年度にも実施する。

 東日本大震災と原子力発電所の事故で電力供給の脆弱さが露呈した。いまは家庭に売電できるのは既存の電力会社に限られ、東京電力の料金値上げをめぐっては電力会社を選べない問題も浮かび上がった。消費者の選択肢を増やし、電気を安心して使えるようにするうえで全面自由化は当然だ。専門委の結論を歓迎したい。

 専門委は、10の電力会社が地域ごとに販売を独占しているいまの体制も、料金の高止まりやサービスの画一化を招いたとして見直しを求めた。地域独占が60年以上続いてきたことを考えれば、画期的な提言といえる。


5/24付日経
 政府は農業政策にあたり、熱量(カロリー)を基準にした自給率を重視してきた。熱量で計算した10年度の自給率は39%で、これを20年度に50%に引き上げる目標を掲げる。しかし、熱量自給率にとらわれるほど従来のコメ中心の考え方が働き、消費の変化に合わせた農業生産から離れてしまう。

 企業が複数の有力産地で小麦などの穀物を安定調達できる経路を持てば、将来の食糧不安は和らぐ。その分だけ、国内農業は熱量自給率を高める「守り」の姿勢から、競争力を強める「攻め」に重点を移せる。

 コメに比べ熱量は低いものの、野菜や果物の付加価値は高い。通常栽培に比べ収量は落ちやすいが、農薬を減らした農産物には食の安全・安心を重視する消費者が高い値段を払う。


5/24付日経
 東京電力・福島第1原子力発電所を襲った津波は本当に「想定外」だったのか。国会と政府の事故調査委員会は、東電や原子力安全・保安院が想定を見直す機会がありながら、それを逸した経緯を明らかにし、産学官がもたれ合ってきた原子力行政の構造的な問題にメスを入れるべきだ。

 東日本大震災の直前、文部科学省の地震調査研究推進本部は地震発生確率を予測する「長期評価」の改訂作業中だった。約1100年前の貞観地震に関する新たな発見を踏まえ、福島沖で大津波をもたらす地震が起きうることを予測に盛り込もうとした。

 改訂が公表されると、原発の津波対策を高める必要が生じる。東電は昨年3月3日、改訂案の「表現を工夫してほしい」と文科省に要請した。ここまでは政府事故調が中間報告で示した事実だが、最近新たな証言が付け加わった。

 長期評価に携わった島崎邦彦・東京大学名誉教授が「改訂案は実際に書き改められた」と学会の講演で明かした。長期評価は震災を踏まえ最終的に昨年11月に公表されたが、島崎氏の指摘が事実なら3.11直前の書き直し版がある。それを公開し経緯を明らかにすべきだ。事実なら東電が政府の地震予測を左右した証拠になりうる。

 似たことが2002年にもあった。東北地方の沖合のどこでも大津波が起きうるとした当時の長期評価に対し、そのときは政府の中央防災会議が異論を唱えて結論を変えた。それも原発への配慮からだったのか、明確ではない。仮にそうならゆゆしきことだ。大津波が早くから想定されていれば、原発だけでなく、多数の住民の命も救えていたかもしれない。

 原発の存在が科学の予測をゆがめてこなかったのか。ここでしっかり検証する必要がある。


5/25付毎日
 内閣府原子力委員会が核燃料サイクルの推進側だけを集めて非公開の「勉強会」を開き、サイクルの今後のあり方を検討していた同委・小委員会の報告書原案への意見を聞いていたことがわかった。

 中立・公正であるべき政策決定が秘密会議の議論に影響されることがあってはならない。まして、原子力政策は利害関係者によってゆがめられてきたとの疑念がクローズアップされているところだ。新たに政策を選択していくに当たり、透明性の確保は最重要課題といっていい。

 原子力委は経緯を明らかにし、姿勢を正さねばならない。

 「勉強会」には、経済産業省・資源エネルギー庁、電気事業連合会、青森県六ケ所村の再処理工場を経営する日本原燃、高速増殖原型炉「もんじゅ」を運営する日本原子力研究開発機構などから幹部が出席していた。いずれも、核燃料サイクルを維持したい利害関係者だ。小委の座長と事務局も出席していた。

 小委では、使用済み核燃料の扱いについて、「全量再処理」「全量直接処分」「再処理・直接処分併用」の三つの選択肢が検討されていた。「勉強会」には選択肢の総合的評価の原案が示され、再処理の当事者である日本原燃が再処理工場の存続を要請したという。

 結果的に小委の場に提出された評価案では、再処理をしない「全量直接処分」を選択した場合の難点の記述が原案に比べ増えていた。再処理を維持する「併用」については利点の記述が増加していた。

 評価案は公開の小委で、再処理を推進する立場の委員と、反対・慎重の立場の委員の意見を聞き議論した上で最終的にまとめられている。小委のメンバーは大学教授やNPOの代表などで、電気事業者や省庁など直接の利害関係者は入っていない。

 推進派が多く、議論が再処理継続に引きずられた印象はあるが、過去の原子力政策の決定に関係する会議に比べれば、中立性・透明性を保とうとする姿勢は見られた。それだけに、小委の座長が出席した密室の「勉強会」で報告の原案が検討され、信頼を損なう結果になったことは残念だ。

 小委の報告は原子力委の「新大綱策定会議」に提出されたが、この会議でも議案が資源エネルギー庁や電気事業者に事前に示されていたという。こうした根回しが習慣化していたとすれば、徹底的に改める必要がある。

 原発事故を経て、これまで原子力政策やエネルギー政策を進めてきた政府機関に対する国民の不信感は非常に強い。政策決定にかかわる政府の会議は、中立性と透明性の徹底を再確認してもらいたい。


5/26付毎日
 判決は、石綿が肺がんや中皮腫などを発症させるとの医学的な知見が確立したのは72年だったと国の主張通り認定した。一方、国が石綿の吹きつけ作業の原則禁止など本格的な規制に乗り出したのは75年だ。原告側は国の規制の遅れを主張したが、判決は「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く遅れとは言えない」と結論づけた。また、76年以後の国の個別の規制が適切だったかについては、原告の立証が不十分で、違法性までは判断できないとした。

 さらに、石綿の危険性が分かった後も建材を製造し続けたメーカー側には「共同不法行為」が成立するという原告の主張も退け、「被告企業以外に損害発生について疑いをかける者はいないのか、原告の立証は足りない」などと指摘した。

 詳細な立証という高いハードルを原告に課し、責任の認定には消極的だとの印象をぬぐえない。被害の実態に即した判断とは評価できまい。


5/27付毎日
 これまでの薬害訴訟でも繰り返されてきた光景ではあるが、原告全面敗訴となったイレッサ訴訟の大阪高裁判決を見ると、薬害救済における司法の壁の厚さや不可解さを感じないわけにはいかない。

 肺がん治療薬「イレッサ」訴訟の判決はこれが4度目だ。1審では大阪地裁が輸入販売元のアストラゼネカ社に賠償を命じ、東京地裁はア社だけでなく国の責任も認めた。ところが、2審になると東京高裁も大阪高裁も一転して原告の訴えを退けた。イレッサは難治性の肺がんにも有効性があり、承認当時の添付文書の副作用欄に間質性肺炎が明記されていた。だから認可した国にも販売元の会社にも責任はない、というのが大阪高裁の判断だ。

 では、販売後わずか半年で間質性肺炎によって180人が死亡、2年半で死者557人に上ったのはなぜか。「(添付文書を読めば医師は)副作用発症の危険性を認識できた」と大阪高裁判決は断定する。医師たちは危険を分かりながら副作用死を出してきたというのだろうか。

 情報とはどのような状況や文脈の中で使われるかによって伝わり方がまったく違ってくる。当時の状況をもう一度思い出してみよう。イレッサは副作用の少ない「夢の新薬」と大々的に宣伝され、難治性の肺炎患者や家族の期待はいやが上にも高まった。間質性肺炎はたしかに添付文書に載ってはいたが、重大な副作用欄の後ろの方の目立たないところにあった。臨床試験では間質性肺炎とみられる死亡例がいくつも報告されていたが、それらは添付文書のどこにも載っていない。

 やはり情報の伝え方に問題があったと見るのが自然ではないだろうか。実際、目立つように添付文書が書き換えられてから副作用死は急減した。ただ書いてあればいいということではないはずだ。長い歳月の裁判に徒労を感じるのは被害者だけではないだろう。


5/28付毎日
 無論、そう単純に決めつけはしないが、過去にイスラエルがイラクやシリアの核関連施設を空爆し、パレスチナ人の居住区を切り離す「分離壁」などを建設した背景にも、「安全」への強烈な意識が見て取れる。「分離壁」が延々と続く光景は、多くの日本人を暗い気分にさせるだろう。しかし、国際司法裁や国連総会が何と言おうとイスラエルは「壁」を造り続けた。

 では、それによって幸福になったかと問うべきである。私の考えすぎなら幸いだが、日本の一部メディアは、イスラエルへの「無条件の支持」をうたう米国への気兼ねからか、意味もなくイスラエル批判をためらうようになった。それも同国には不幸なことだ。本当の友人は時に厳しいことを言うものだ。

 他方、「安全」も含めて日本人は幸せかという問題もある。欧米と違いホロコーストに直接の関係がない日本は、元々イスラエルに率直にものを言える。活発に議論しよう。まずはイラン空爆を断念させるべく説得したい。空爆への熱気は少し冷めたとはいえ、11月の米大統領選後の中東情勢は不透明だ。


6/1付毎日
 関西電力大飯原発の再稼働を関西広域連合が事実上容認した。政府の安全基準や、それに基づく判断を「暫定的」と位置づけた上で、「限定的」な再稼働に理解を示した。これを受け、政府が近く最終判断するとみられる。

 客観的状況が変わらない中での同連合の再稼働容認は釈然としない。しかし、それ以上に納得できないのは野田佳彦首相の言動だ。

 東京電力福島第1原発の過酷事故から1年2カ月。これほどの事故を経験しながら、国の原子力政策についても、原発のリスク軽減についても、国民の心に響くメッセージを発していない。にもかかわらず「私の責任で判断する」といった具体性に欠ける言葉で再稼働を推し進めようとしている。

 私たちは原発再稼働のためにはいくつかの条件を満たす必要があると考えている。事故の検証を踏まえ、新しい規制組織が再稼働の判断基準を示すこと。その基準は各原発の弱点を比較できるようなものであること。免震棟のように時間のかかる対策が未整備であることのリスクも評価すること。原発を動かさないリスクが動かすリスクを上回ることをきちんと示す、といったことだ。

 しかし、いずれも納得のいく状況ではない。

 第一に事故の検証は終わっていない。国会事故調査委員会による真相解明は遠く、政府の事故調の最終報告は7月だ。大飯再稼働の根拠とする安全基準は経済産業省の原子力安全・保安院が作成した「ストレステスト」が基になっている。保安院は原発の「安全神話」を醸成してきた組織だ。事故時に危機管理能力がなかったことも明らかになっている。

 4月に新組織に移行する予定だったため、現時点での当事者能力にも疑問がある。保安院が「妥当」としたストレステスト結果を追認した内閣府の原子力安全委員会も同様だ。

 各原発のリスクを横並びで比較していないため大飯原発の相対的なリスクもわからない。このまま大飯原発を再稼働すれば、他の原発もなし崩しに再稼働することになるのではないかとの国民の不信は当然だ。

 国際原子力機関(IAEA)は「5層の防護」として、過酷事故対策や、放射能放出に備えた防災対策までを求めている。大飯原発でこの国際基準がどう満たされているのかもよくわからない。

 結局のところ、「原発を動かさないと電力が足りない」という経済原理や不安解消を優先し再稼働を決めようとしている。原発事故前と根本的に何も変わっていない。

6/1付毎日
 政府は、首相の指揮権は危機管理に不可欠だと強調する。

 これに対し自公両党は、専門家で組織する規制委に任せるべきだと主張する。東京電力福島第1原発事故で、菅直人首相(当時)が原発や東電本店に乗り込むなどし、「素人が生半可な知識で現場に大混乱を起こした」(塩崎恭久元官房長官)ことなどが理由だが、賛成しかねる。技術的・専門的事項に政治家が事細かに口を出すようなことがあってはならないが、福島のような原発過酷事故で、事業者に「撤退は認めない」と指示を出すような最終判断は、国民の負託を受けた政治家の仕事である。自衛隊や警察、消防の出動なども同様だろう。



5/18付朝日
 第一は、問責決議を受けた2人の閣僚を更迭することだ。問責を理由に審議を拒む野党の戦術は非難に値するが、2閣僚に問題があるのは明らかだ。

【由なき問責に意味を見出す愚。】

5/22付朝日
 今回、指定弁護士は控訴手続きをとった。判決時に私たちは「控訴にこだわる必要はない」と書いたが、いまの制度の下、慎重な検討の末に導き出された結論として受けとめたい。

【どう考えても政治的じゃないか。】

5/24付朝日
 民主党の小沢一郎元代表が、野田首相との会談に来週にも応じる――。そんなニュースが、朝日新聞をはじめ各メディアをにぎわせている。

 会談には、仲介した輿石東幹事長も同席する予定という。

 首相はきのうの国会で「(消費増税が)党の方針として固まっていることは理解いただき、どうしても成立させなければならないとご説明したい」と意気込みを語った。

 首相の熱意もわからないではない。法案成立に「政治生命をかける」という首相と、それに「反対」だという小沢氏が話しあう意義も認める。

 だが、なぜ、会談のために、いちいち和平交渉の特使よろしく、幹事長の仲介を経なければならないのか。

 いったい、この仰々しさは何なのだ。こんな田舎芝居じみたやり方が、国民の政治へのうんざり感をいっそう強めていることに、国会議員たちは気づくべきだ。

【仰々しくしているのはお前らだろ。】


5/26付朝日
 ただ、現実の政治はときに、理性よりも怨念で動く。

 審議では、次のようなやりとりが繰り返されている。政府側が「自公の主張を受け入れて法案をつくった。だからのんでくれ」と求める。自公側は「ではなぜ、自公政権のときに反対したのか」と突き放す。

 非は民主党にある。自公政権が半歩前進を図ったのに、「抜本改革とはいえない」「終着駅が違う」と蹴った。前進には運賃、つまり増税が要ると言っても必要を認めなかった。なのに何をいまさら――。自公側がそう怒るのは当然だ。

【自公に道理などない。】


5/19付読売
 生活必需品のコメや生鮮食品、活字文化を担う新聞、書籍などに対象を絞り込めば、政府が懸念する税収の大幅な落ち込みにはならないのではないか。

 消費税を増税しても生活に欠かせない商品の税率が低ければ、家計の支出に与える影響を、その場で抑えることができよう。

 付加価値税の先進導入国である欧州で、広く採用されているのも国民の支持を得ているからだ。


5/22付読売
 国会は、6月21日の会期末まで1か月を切った。首相に対し、自民党の石原幹事長は会期中に衆院を通過させる覚悟を求め、「このまま何も決めないで会期末を迎えることがないよう、知恵を出し合おう」と呼び掛けた。

 さらに「大幅延長となれば協力を惜しまない。足を引っ張るつもりは毛頭ない」とも強調した。

 自民党が、条件付きながらも、「法案成立」への協力を口にし、会期延長にも前向きな意向を示し始めた。消費増税は自民党の公約でもある。今国会で決着をつけたいという姿勢は評価したい。

【自分らが与党の時には何もせずに…。そんな政党を評価する気がしれない。】


5/22付読売
 ただし、全面自由化の効果は不透明だ。国内電力市場では2000年から、大口契約の小売り自由化が始まった。自由化対象は中小工場など契約電力50キロ・ワット以上の利用者まで広がった。

 発電事業者を自由に選べて、料金も交渉できる建前だが、実際には新規参入組の発電量は全体の3%台に過ぎない。既存の電力会社が資本や設備で圧倒的な存在である状況に変わりはない。

 実質的な競争のないまま電力小売りが全面自由化されれば、強大な電力会社が「規制なき独占」で野放しとなり、かえって値上げをしやすくなりはしないか。

 多様な事業者が競う健全な電力市場を実現するのは、容易なことではない。新規参入を促すため、電力会社による発電・送電の一貫体制を改め、送電部門だけを担う独立機関を作る構想もある。

 だが、発送電分離は、電力需要に応じたきめ細かな供給を難しくするマイナス面も指摘される。

 実際に欧米や韓国では、発送電分離が一因とされる大停電が起きた。海外事例を十分検証し、導入の是非を判断すべきだ。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故後、全国の原発は再稼働できず、電力不足に陥っている。供給不足の中で自由化すれば、電気料金は上がる可能性が高い。自由化よりも、電力安定供給の回復を優先させなければならない。

 送電コストの高い離島や過疎地への電力供給打ち切りや料金高騰も懸念される。一時のムードで全面自由化に走らず、冷静に議論することが求められよう。

【なんという世論誘導か…。】


5/24付読売
 3年前に鳩山元首相が国連の会合で打ち出したこの無謀な目標が、どれほど非現実的か。それを如実に示しているのが、環境省の中央環境審議会が公表した試算である。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて実施した試算は、将来の全発電量に占める原発の比率を、0%から最大35%まで5段階に分け、20年時点の温室効果ガスの削減率をはじき出した。

 発電時に二酸化炭素をほとんど出さない原発は、地球温暖化対策上、重要なエネルギーである。

 試算では、事故直前に26%だった原発比率を35%に引き上げ、省エネルギー政策を徹底した場合でさえ、削減率は90年比で最大19%にとどまった。

 現在、稼働する原発はゼロとなり、再稼働のメドすら立っていない。電力の安定供給を図るため、早期稼働が求められるが、将来の原発比率を事故前より引き上げることは、およそ考えにくい。

 海外からの排出枠購入や国内の森林のガス吸収分を加えても、25%削減は達成困難と言えよう。

【原発事故まえの目標と今とを混同したあまりにも筋が通っていない理論。こんなのに騙されてはいけない。】


5/25付読売
 IOCは原子力発電所の停止などによる電力不足に懸念を示し、「今後も見守る必要がある」と指摘した。五輪招致を支援する政府は、東京電力柏崎刈羽原発の再稼働などで電力の安定供給を回復させ、不安解消を図るべきだ。


5/27付読売
 内閣府の原子力委員会が、経済産業省や電力の関係者を集めた勉強会を昨年11月から23回開いていたことに、原子力発電推進に偏った姿勢だ、とする批判が出ている。

 原子力委は、有識者による小委員会を設けて、原子力発電所から出る使用済み核燃料の処理方法を巡る核燃料サイクル政策について検討してきた。

 勉強会の目的は、この小委員会の会議資料の準備である。必要なデータの提出依頼や確認を行い、資料内容の技術的な正確性を点検することにあったという。

 正確なデータに基づく資料を会議の事務局が作成するのは当然のことであり、何ら問題はない。

 小委では、核燃料サイクル政策を変更した場合のコストが焦点となっている。使用済み核燃料の量や経費見積もりなど、事業者にしか分からない数字を抜きにしては小委での議論は成り立たない。

 勉強会の開催を色眼鏡で見るのは間違っている。

【だったらなぜ非公開にしたのか。問題はそこだ。】


5/29付読売
 基本問題委案のうち、東日本大震災前に約30%だった原発を0%とする選択肢は、非現実的だ。

 原発分を補うため、再生可能エネルギーの比率を現在の約10%から35%に引き上げる想定だ。

 実現するには、太陽光は現在の0・3%から6%へ、風力は0・4%から12%へ、それぞれ20~30倍に増やす必要がある。太陽光パネルなどを設置する広大な用地をどう確保するのだろうか。

 発電コストの高騰などで、国内総生産(GDP)は年30兆円も押し下げられる見込みだ。

 日照や風の状況で電力が急激に変動する再生エネの欠点を解消するには、さらに巨額の開発費用がかかり、経済の重荷となる。

 0%以外の選択肢でも、再生エネの比率を25~30%と高めに見込んでいる。技術革新に過度に期待するのは禁物である。実現可能性を検証すべきだ。

 細野原発相は、原発比率の選択肢について、「15%がベースになる」との見方を示した。運転40年で原発を原則として廃炉にする政府方針に沿った発言だろう。

 だが、15%案には見過ごせない問題がある。30年以降、原発をさらに減らすのか、更新・新設して活用していくのか、結論を先送りしている点だ。原発の方向性があいまいでは、責任あるエネルギー戦略とはいえまい。

 20~25%案が、古い原発を更新する方針を明示しているのは、評価できる。安定した代替電源を確保できるまでは、安全性の高い新型炉を導入し、原子力を火力などと並ぶ基幹電源として使うことが望ましい。

 中国をはじめ新興国は原発の新設を計画しているが、日本が「原発ゼロ」に向かえば、原発の輸出ビジネスは展開できなくなる。原子力技術を維持し、安全向上で国際貢献することも、忘れてはならない視点である。

【馬鹿読売は自分とこで原発作れば?】


5/30付読売
 菅氏は、「(経済産業省原子力安全・保安院、東電などから)原子炉の状況についての説明は一切なかった」「手の打ちようがない怖さを感じた」などと述べた。

 当時官房長官だった枝野経産相らも同様の証言をした。

 情報収集と事故対応で中心的な役割を担うはずだった保安院は、職員が早々に原発と首相官邸から退去していた。

 政権の危機管理能力が欠如していたことを露呈したと言える。

 本来なら、政府組織が一丸となって情報を集め、確立した指揮命令系統の下で動くべきだった。

 だが、菅氏は思いもよらない行動に出た。枝野氏の反対を押し切って、ヘリで原発を視察し、担当者に説明を求めた。「(現場に)40分くらいいた」という。それが火急の事態に、責任者の時間を浪費させてしまった。

 佐藤知事が「国が司令塔の役割を果たせなかった」と批判した意味は重い。

 さらに、菅氏は外部の有識者を次々と内閣官房参与に任命し、個人的な助言を求めた。枝野氏が「プラスとは思えない」と批判したのは当然である。

 菅氏が誤った「政治主導」を掲げ、過剰に介入したことが現場に負担をかけ、官僚組織を萎縮させた。猛省すべきだろう。

(中略)

 菅氏は最悪の場合、3000万人の避難が必要だったとした上で「国家崩壊リスクに対応できる確実な安全確保は不可能だ」と述べた。自ら言い出した「脱原発」を正当化したいのだろう。

 しかし、自身の失態を棚に上げて、エネルギー政策に関し、「原子力ムラは深刻な反省もないまま原子力行政の実権を握り続けようとしている」などと自説を振りかざすのは論外である。

 原発再稼働に向けた政府の判断は最終局面を迎えている。菅氏の発言は混乱を拡大しかねない。

【勝手な独善的な批判。論理的に全く破綻しており、新聞社としての見識を疑う。正直、こんなこという新聞に報道する権利があるのか?】


5/31付読売
 小沢氏は、「政権公約(マニフェスト)の原点を忘れるな」とも言う。だが、小沢氏が主導したマニフェストは、予算組み替えによる年16・8兆円の財源捻出など非現実的で、民主党政権に「負の遺産」を背負わせたのが実態だ。

【そのようになった原因は、荒唐無稽な濡れ衣を着せたお前らマスコミだ。】


5/31付読売
 菅前首相が行ったような電力会社への過剰な介入は論外だが、規制委の専門家に任せきりにするわけにはいくまい。

【もし介入してなかったらどうなっていたか。想像するだけで寒気がするのだが?】


6/1付読売
 福井県にある関西電力大飯原子力発電所3、4号機の再稼働に、ようやくメドがついた。

 これまで再稼働に反対してきた関西自治体の首長らが一転して、条件付きながら理解を示したためだ。

 野田首相は、「関係自治体の一定の理解を得られつつある。最終的に私の責任で判断したい」と表明した。妥当な対応である。

 夏の電力危機を回避するためのタイムリミットは迫っている。政府は立地自治体の福井県とおおい町の同意を得て、再稼働の早期実現を図るべきだ。

 大飯原発の再稼働を巡っては、首相と枝野経済産業相らの閣僚会合が4月、大飯原発の安全性を確認し、再稼働を妥当とする判断を示した経緯がある。

 だがその後、政府が毅然(きぜん)とした姿勢を見せなかったことから、膠着(こうちゃく)状態に陥っていた。

 事態は急展開した。細野原発相が5月30日、関西広域連合の会合で2度目の説明を行い、経済産業副大臣らが現地に常駐する特別な監視体制作りを約束した。

 これを受けて、関西広域連合は再稼働を「限定的なもの」とするよう求める声明を発表した。夏場だけの再稼働なら、受け入れてもよいという意思表示だろう。

 反対の急先鋒(せんぽう)だった大阪市の橋下徹市長は31日、再稼働について「事実上の容認」と述べた。

 電力を大量消費する大阪市のトップが、再稼働の反対姿勢を改めた意味は大きい。だがそもそも、福井県からの電力で発展した大阪市の首長は、再稼働を「容認」する立場ではあるまい。

 民主党の前原政調会長が「福井県に感謝の気持ちを言った上で意見を言うのが社会通念上の礼儀だが、それに欠ける首長が多い」と指摘したのはもっともだ。

 点検や整備のため、大飯の2基がフル稼働するまで1か月半ほどかかる。電力需要のピーク期に間に合うかどうかギリギリだ。

 反対したまま停電などが起きたら、自らの責任も追及されかねない。首長らには、そんな計算もあったのではないか。

 橋下氏が言い出した夏場限定の稼働案について、福井県の西川一誠知事は「勝手なご都合主義で話にならない」と猛反発している。関西の首長らは、立地自治体に対する非礼をわび、夏季限定案を取り下げるべきだ。

 大飯原発が動いても全国的な電力不足は続く。安全確認できた原発を順次、再稼働させることが不可欠である。

【福島を忘れろということですね。福島は日本ではないと。】


5/27付日経
 第1に必要なのは、非正規労働に就く人たちの就業機会を制限している規制を取り除くことだ。

 労働者派遣法はソフトウエアの設計や通訳・翻訳など専門的な26業務を除いて、人材派遣の期間を最長3年に限っている。だが収益力がまだ安定せず、正社員を増やすのが難しいベンチャー企業などでは、営業や事務に派遣社員を活用したいという需要が多い。

 介護、サービス業や環境・エネルギー関連の企業は、大半がベンチャービジネスから出発する。企業の成長を支援するなら人材派遣期間の制限を見直すべきだ。

 パートなどが契約更新を含めて同じ企業で5年を超えて働いた場合、本人が希望すれば企業に無期雇用への転換を義務づけるという労働契約法改正案も、企業活動を妨げる規制強化だ。

 今国会に提出された改正案が成立すれば、企業の間では無期雇用への切り替えによる人件費増を嫌って、長く勤めてほしい人でもやむを得ず早めに契約を打ち切る動きが出よう。

 派遣やパートへの規制の底流にあるのは、こうした非正規の働き方を制限すれば、企業に正社員への登用を促せるという考え方だ。しかし国際競争が一段と激しくなる中で、そうした規制が正社員の増加に結びつくとは考えにくい。

【企業理論の塊。】


5/28付日経
 関西などで見込まれるこの夏の電力不足を回避できるのか、いまがまさに瀬戸際だ。政府や電力会社は節電策を示したが、危機を避けられるメドは立っていない。関西電力・大飯原子力発電所3、4号機の再稼働に向け、野田佳彦首相が決断を急ぐときだ。

 大飯原発の再稼働では運転前に義務づけられた検査のためフル稼働まで1カ月半かかる。関電は7月2日から企業や家庭に節電を求め、平年で20日ごろの梅雨明けに備える。電力需要が膨らむ時期に間に合わせるには、再稼働の判断で残された時間はほとんどない。

 首相と枝野幸男経済産業相ら3閣僚は、ストレステスト(耐性調査)1次評価を踏まえて再稼働の判断基準をつくり、4月に「関電の対策はおおむね適合している」と事実上の安全宣言を出した。

 政府の対応が後手に回り説明が不十分だったことは問題だが、基準自体やそれに照らした判断は妥当だ。津波に備えて非常用電源を増やすなど、安全確保に必要な手立ては尽くしたといえる。

【どこが?どこに手を尽くしたの?】


5/19付毎日
 昨夏は、東電管内で計画停電が実施され、家庭や企業を混乱させた。その反省を踏まえ、まず、停電回避に努める必要がある。

【計画停電は、夏ではない。どうしてこんな丸わかりのうそをつくのか。事実を捻じ曲げるマスコミの極悪。】


5/25付毎日
 放送法ではNHKの経営委員は個別の番組に関与することを禁じている。また、数土氏が東電役員を兼職することについて、野田政権の一部閣僚は「問題なし」としていた。

 しかし、昨年の原発事故の後、東電は報道機関にとって、深刻な問題が山積の取材対象で、今後もそうあり続けるだろう。さらに、実質国有化されることになり、国民からのチェックがこれまで以上に必要になった。受信料で成り立つNHKは国民の立場に立って、東電を取材し、評価や批判をする必要がある。その時に視点の偏りや遠慮があってはならない。

 だから、取材する側と取材される側、双方の経営陣に名前を連ねるのは道理に合わない。わかりやすくいえば、NHKが「東電の数土氏」を取材するケースもありえるのだ。兼職はジャーナリズム倫理と相いれない事態だった。

 この人事を推進した政府の言論や報道に対する問題意識の低さも、おおいに批判されるべきだろう。NHKの経営委員を任命することの重さを一体、どう考えているのだろうか。

○ & ?
5/31付朝日
 これに対し、小沢氏は政権交代が実現した09年総選挙のマニフェストの柱を並べて反論した。「統治の仕組みを大改革し、ムダを徹底的に省いた財源を、新しい政策の財源にする。その約束が緒についていない」

 確かに、民主党のマニフェストは破綻(はたん)状態にある。

 だが、マニフェストが実行できていないからといって、増税にも、社会保障の改革にも手をつけてはならないといわんばかりの主張は暴論にすぎる。

 

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