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2012年9月 1日 (土)

社説を読む 第27回


8/25付朝日
 こんな不毛な非難の応酬を続けていて、いったいだれが得をするというのだ。

 竹島の領有問題などをめぐってヒートアップした日本と韓国は、いいかげんに頭を冷やすべきだ。かけがえのない隣国同士である。いつまでも異常な関係を続けるわけにはいかない。

 韓国政府は、野田首相が李明博(イ・ミョンバク)大統領に送った親書を郵便で送り返してきた。

 大統領の竹島上陸に「遺憾の意」を伝えた内容が「容認できない」というのだ。

 だが、いくら気にくわないといっても、首相が署名した書簡を送り返すのは外交上、あまりに礼を失している。とても受け入れるわけにはいかない。

 もっとも、親書を返しにきた韓国大使館の職員を外務省が敷地に入れずに門前払いしたこともまた、大人げないと言われても仕方のない振る舞いだ。

 そんな売りことばに買いことばのようなことを繰り返していたら、問題の本質とはかけ離れたところで両国民の感情に火がつきかねない。

 残念なことに、韓国の新聞を見ると、首をかしげざるを得ない論評が目につく。

 たとえば、日本による領有権問題の国際司法裁判所への提訴について「20世紀初頭に韓国を併合した侵略根性の発露と言わざるを得ない」と書いた主要紙もある。

 韓国の国民は、1905年の竹島の島根県への編入は、5年後の日韓併合への第一歩だと受け止めている。

 こうした歴史に対する思いが背景にあるにしても、韓国人が事務総長を務める国連の主要機関への提訴を「侵略根性の発露」と決めつけられては、多くの日本人は戸惑うばかりだ。

 日本も韓国も、選挙の季節に入りつつある。自民党の谷垣総裁は「野田政権には主権と領土を守る能力が欠如している」と、この問題を理由に早期の衆院解散を求めている。

 しかし、国内政治やメディアの圧力が政権の強硬姿勢の背中を押し、対立をあおる構図は危険きわまりない。

 衆院はきのう、李大統領の竹島上陸を非難し、天皇に対する発言の撤回を求める決議をした。野田首相も発言の撤回と謝罪を求めた。一方で、ともに韓国を「重要な隣国」であるとも表明している。

 領土をめぐる対立が、両国関係全体や東アジアの安定を壊す愚を犯してはならない。むしろこれを奇貨として、戦後の日韓関係に刺さったままのトゲを抜く方向に進めることである。


8/28付朝日
 その代わり、自民党は赤字国債発行法案に賛成すべきだ。

 自民党は予算に反対した。だから予算と一体の法案にも反対が筋だ、という理屈は分かる。

 だが、この法案が成立しなければ、今年度当初予算90兆円のうち44兆円の財源の裏付けがなくなる。国民のくらしや日本経済への影響は甚大だ。

 政権批判は当然だが、政権を追い込むために国民生活を人質にとるやり方に大義はない。

 もう一つ、自民党は首相への問責決議も断念すべきだ。

 谷垣総裁は首相と「近いうち」の解散で合意したが、時期の明示は引き出せなかった。なのに今になって「今国会中に解散しないなら問責だ」という主張は説得力を欠く。

 自民党には、竹島や尖閣問題での不手際を問責の理由にあげる声もある。だが、一連の領土外交で問責に値するほどの非が首相にあったとは思えない。

 そもそも参院での問責決議には、衆院での内閣不信任とは異なり、法律上の根拠がない。それをテコに首相に解散や退陣を迫る政治は終わりにしよう。

8/29付朝日
 日中関係はいま重要な局面にある。香港の活動家らが尖閣諸島に上陸したのに続き、中国各地で反日デモが起きている。こんなときこそ、両国の政治家には冷静な対応を望みたい。

 ところが、一部の政治家は逆に相手を挑発するかのような言動を繰り返している。

 石原慎太郎・東京都知事が、都が購入を計画している尖閣諸島への上陸を求めている。実現すれば、中国との緊張がいっそう高まるのは明らかだ。

 政府が、都の上陸申請を却下したのは当然である。

(中略)

 李大統領は、竹島上陸の理由に、旧日本軍の慰安婦問題に進展がないことを挙げた。これについても、石原氏は「(慰安婦は)いやいやじゃなくあの商売を選んだ。日本軍が朝鮮人に強制して売春させた証拠がどこにあるか」と、韓国国民の感情を逆なでするような発言をした。

 さらに松原仁・国家公安委員長は「(旧日本軍の関与を認め、謝罪した93年の)河野官房長官談話のあり方を閣僚間で議論すべきだ」と語った。

 非はまず李氏にある。だが、こんな挑発の応酬が両国の国益に資するとは思えない。

 日本政府はこれまで、民間主導のアジア女性基金を通じた償い事業などを通じ、この問題を乗り越えようと努めてきた。官民問わず多くの関係者が営々と心を砕いてきた。

 それでも克服できないのが歴史問題の難しさである。

 日本側の努力を粘り強く説明し、話しあいを通じて打開をさぐる。それが責任ある政治家のふるまいではないのか。


8/25付日経
 厚生・国民年金や公務員などの共済年金の支給水準は現在、あるべき水準より2.5%高くなっている。この「もらいすぎ」を正す法案を野田政権は開会中の通常国会に出したが、たなざらしになっている。会期内に成立させるのが立法府の責任である。

 もらいすぎが生じたのは、過去に物価連動の原則を曲げ、消費者物価が下がったときに年金額を据えおいたからだ。

 物価連動はインフレから年金生活者を守るのが主目的だ。制度化した頃は、こんにちの長引くデフレ経済を想定していなかった。とはいえ年金の実質価値を保つ制度の趣旨をふまえれば、物価が下がったときはそれに見合うだけ年金額を下げるのが筋だ。

 ところが物価の下落基調が定着しはじめた2000年度、年金額を0.3%下げるべきところを、与党の自民党などが主導して据えおいた。選挙を意識して高齢者の反発をおそれたためだ。あしき政治主導である。

 これが端緒になり、もらいすぎの累計額は積もり積もって7兆円を超えた。これからも毎年度1兆円強を余分に払わなければならない。受給者には意図せざるもらいすぎかもしれないが、早急に正さなければ将来の年金支給に充てるべき積立金の先食いがつづく。政治の不作為は、若い層の年金への不信感を増幅させるだけだ。

 野田政権は社会保障・税一体改革にあわせて、もらいすぎを今年10月から3年かけてなくす方針を決めた。そのための法案の審議を先送りする空気が強まったのは、民自公の3党合意で消費税増税を決めたのがきっかけだ。

 なかでも公明党の消極姿勢が際だつ。石井啓一政調会長は「消費税を上げ、年金を下げるのは理解を得られない」と公言している。民主、自民党にも同調者がいる。

 これは誤った見解だ。増税の有無にかかわらず年金のもらいすぎは解消すべきだ。また「年金を下げる」ではなく「あるべき水準に正す」という認識をもつべきだ。

 ただし実施にあたっては、なぜもらいすぎが生じたのか、なぜ正す必要があるのか、を受給者に意を尽くして説明する必要がある。近いうちに衆院解散―総選挙があるとしても、それが消費税増税を決めた3党の共同責任である。


8/28付日経
 日本を訪れる外国人の数が震災前の水準を取り戻しつつある。この勢いを軌道に乗せるために、官民ともに一層の知恵を絞りたい。

 昨年春の東日本大震災で激減した訪日外国人の数は、今年6月、震災前である一昨年の6月に比べてプラスに転じた。1月から7月までの累計でも一昨年に比べ3.7%減まで持ち直した。

 前年比なら44.2%増という急回復ぶりだ。中国、台湾、タイ、マレーシアといった成長するアジア地域からの伸び率が高い。

 震災後まもない時期から、政府は海外の旅行会社などに向け、食品の安全性や交通網などの情報をきめ細かく発信してきた。そのほか、ビザ(査証)発給の条件緩和や現地メディアの番組作りへの協力など、さまざまな働き掛けを地道に重ねた結果といえる。


8/26付毎日
 東日本大震災の津波で流出したがれきが北米大陸に相次いで漂着している。現地では環境や観光、漁猟などへの影響を懸念する声も出ているという。漂着したがれき処理に関する国際的な取り決めはなく、日本は国際法上も処理責任を負わないが、放置できない問題だ。大震災で受けた国際的な支援に応えるためにも、日本の誠意を示したい。政府は処理費用の負担を含め、積極的に対応する必要がある。


8/27付毎日
 心配なのは、自民党や国交省が日航に、地方路線の維持・充実や社会貢献を求める姿勢を強めていることだ。不採算路線に就航させた「国策」が、日航の経営悪化の一因だったことを忘れてはならない。過度の政治的介入は厳に慎むべきだ。


8/30付朝日
 とくに驚くべきは自民党の対応だ。国民の生活が第一などが提出し、自民党が賛成した決議は問責の理由として「国民の多くは今も消費増税法に反対」と明記。民・自・公の3党協議で決める手法についても「議会制民主主義が守られていない」と批判している。

 これでは自民党の自己否定にほかならない。

 公明党は「一体改革を否定する内容で賛同できない」と採決を退席した。こちらの方が筋が通っている。

 自民党がそうまでして問責決議を急いだのは、政権を揺さぶることで一刻も早く衆院解散に追い込みたいとの思惑からだ。

 だが、みずから進めた消費増税を否定する問責に賛成するというのでは、政策より解散が優先なのだと告白するようなものではないか。


8/30付読売
 野田首相への問責決議に一体、どんな意味があるというのか。

 首相を衆院解散に追い込めるわけではない。立法府の一員としての責任を放棄し、党利党略に走る野党の姿勢には、あきれるばかりだ。

 国民の生活が第一、みんなの党など参院の野党7会派が提出した首相問責決議案は29日、野党の賛成多数により、可決された。自民党は賛成票を投じた。

 問責決議は、消費税率引き上げは国民の声に背くとし、関連法を成立させた民主、自民、公明の3党協議も「議会制民主主義が守られていない」と非難している。

 だが、これはおかしい。自民党を含め、衆参両院議員の約8割が賛成した法律である。

 自民党が今更、こんな決議に賛成したことは到底、理解できない。政党として自らを貶(おとし)める行為だ。公明党は採決で棄権して、筋を通したではないか。

 自民党の谷垣総裁は、問責の理由について、「内政、外交の両面にわたって今の野田政権が国政を進めることは限界だ」と述べた。「日本外交の基礎がガタガタになっている」とも批判した。

 だが、首相を問責する根拠としては説得力に欠ける。

 竹島など領土問題では、長年政権を担当してきた自民党も責任を免れない。領土・領海に対する中国や韓国、ロシアの攻勢に、与野党は結束して対応すべきなのに、首相に、後ろから弾を撃つような行為は国益を損ねよう。

 内政では、民自公3党が財政再建の必要性に対する認識を共有し、社会保障と税の一体改革の実現へ連携したばかりである。

 衆院選挙制度改革に関する法案の扱いなど民主党の強引な国会運営に大きな問題があるとはいえ、問責決議は、民自公3党の協調路線を壊す。「近いうち」という衆院解散の民自公の党首合意さえ反古(ほご)になりかねない。


【本件については、朝日より読売のほうが歯切れが良いですね。珍しく。】


8/31付朝日
 きっかけは、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領が今月、竹島に上陸したのは、慰安婦問題で日本政府の対応に進展がなかったからだとしたことだ。

 これに対し、野田首相が「強制連行の事実を文書で確認できなかった」と語ったことが、韓国国内で「歴史の歪曲(わいきょく)」などと反発を広げている。

 歴史問題を持ち出してナショナリズムをあおるような大統領の言動には首をかしげる。

 だが、日本の政治家の対応にも問題がある。

 見過ごせないのは、松原仁・国家公安委員長や安倍晋三元首相ら一部の政治家から、1993年の河野官房長官談話の見直しを求める声が出ていることである。

 河野談話は、様々な資料や証言をもとに、慰安所の設置や慰安婦の管理などで幅広く軍の関与を認め、日本政府として「おわびと反省」を表明した。

 多くの女性が心身の自由を侵害され、名誉と尊厳を踏みにじられたことは否定しようのない事実なのである。

 松原氏らは、強制連行を示す資料が確認されないことを見直しの理由に挙げる。枝を見て幹を見ない態度と言うほかない。

(中略)

 もっとも、今回に限らず日本の一部の政治家は、政府見解を否定するような発言を繰り返してきた。これではいくら首相が謝罪しても、本気かどうか疑われても仕方ない。

 5年前、当時の安倍首相は当局が人さらいのように慰安婦を連行する「狭義の強制性」はなかった、と発言した。

 その後、米下院や欧州議会が慰安婦問題は「20世紀最悪の人身売買事件の一つ」として、日本政府に謝罪を求める決議を採択した。

 自らの歴史の過ちにきちんと向き合えない日本の政治に対する、国際社会の警鐘である。

 河野談話の見直しを求める政治家は、韓国や欧米でも同じ発言ができるのだろうか。

 野田首相も誤解を招く発言は避け、河野談話の踏襲を改めて内外に明らかにすべきだ。


8/31付朝日
 原発への依存度を減らす新しいエネルギー戦略の策定が大詰めを迎えた。国民的議論のまとめを終え、週明けにも政治決定に向けた会合が開かれる。

 多様な手法による国民的議論は、「少なくとも過半の国民は原発に依存しない社会を望んでいる」と総括された。

 野田政権はこれを重く受け止め、原発をゼロにすることと、その実現時期の目標を明確に打ち出すべきだ。

 国民的議論のまとめでは、約8万9千件に達したパブリックコメントをはじめ、意見聴取会や各種団体から寄せられた声を集計し、意見の背景となる理由や問題意識を分類した。

 討論型世論調査といった新しい手法にも取り組んだ。全体の総括にあたっては、世論調査やコミュニケーションの専門家による第三者評価も受けた。

 手順には混乱や未熟さも見受けられたが、一つの課題に政治がここまで「民意のありか」を探ることに手間をかけ、「見える化」した例はないだろう。

 エネルギー政策はそれだけ重く、むずかしいテーマであり、だからこそ、今回得られた成果は、政権交代や党首の違いを超えて尊重すべきだ。

 もちろん、原発ゼロの実現には多くの課題があり、不確実な要素も多い。

 このため、政府内では「将来のゼロはうたうが、実現時期は明示しない」とする案も検討されているという。

 だが、あいまいな結論では、政治に対する国民の不信が募るだけだ。電力市場への投資意欲も高まらず、発電の新たな担い手や革新的なアイデアが育つ余地を狭めかねない。

 課題の克服度合いを確認しながらスピード調整する余地は残してもいいが、まずは目標時期を設けるべきだ。

 「過半が脱原発」の総括を裏返せば、「原発が要る」と考えている人が一定割合いると読み取れる。脱原発が望ましいが、電力不足や電気料金の高騰を招いては困ると考える人は少なくないだろう。

 政府の分析でも、原発ゼロへの不安や問題意識として、自然エネルギーや省エネの普及に対する実現性や、電気料金の値上げ・電力不足が雇用や経済に与える影響、福島の事故処理や核燃料の処分・廃炉作業を進めていくうえでの人材確保などの論点があげられた。

 政治決定の際には、こうした課題について、具体的なデータや取りうべき政策も、ていねいに説明し、理解を得る作業が不可欠だ。


8/26付朝日
 山本さんが死の直前まで撮った映像に、赤ん坊を連れて避難する住民の姿があった。政府側が住居地域に無差別攻撃している事実を裏付けるものだ。


8/26付読売
 国の命運を左右するエネルギー戦略を、人気投票のような手法で決めるのは問題である。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、「脱原発」を求める声は少なくない。

 だが、エネルギー政策では、原発の安全性に加えて、経済性や安定供給なども重要だ。資源小国の日本が電力を安定確保するには、原発を含む多様な電源が要る。

 政府は、原発を中長期的に活用するという現実的なエネルギー政策を推進すべきである。

 2030年の電源に占める原子力発電の比率を「0%」「15%」「20~25%」とする三つの選択肢について、政府が行った複数の意識調査の結果がまとまった。

 11回の「意見聴取会」と「パブリックコメント(意見公募)」、新たな手法の「討論型世論調査」は、いずれの調査も「原発0%」の支持が最多だった。

 ただし、この結果をもって原発政策に関する“世論”が示されたと考えるのは早計だろう。

 意見聴取会やパブリックコメントの参加者は、原発問題で積極的に意見を言いたい人が多いため、脱原発に偏る傾向がある。

 討論型世論調査も、最初の電話調査は無作為抽出だが、その後の討論会は希望者参加で、人数も約300人と少なかった。

 政治が国民の意見を聴くのは大切だが、受け止め方によっては、場当たり的な大衆迎合主義(ポピュリズム)に陥る恐れがある。

 調査結果を分析する政府の有識者会議では、「世論調査だけで物事が決まるなら、政治は不要だ」といった意見も出た。

 これらの調査結果はあくまで参考にとどめ、政策へのダイレクトな反映は避けるべきだろう。

 一方、政府にとっての課題も判明した。討論型世論調査で「原発0%」の支持は、討論前の41%から討論後は47%に上昇した。

 エネルギー政策で、「安全の確保」を最重視する人が、討論前より増え、最終的に8割に達したことが影響したようだ。

 ただ、誰しも「安全」への関心が高いため、「安定供給」や「地球温暖化防止」を選ぶ比率が低くなったのではないか。

 原発ゼロでは、日本経済が失速し、失業増や貧困拡大を招く。最大の被害者は国民だが、なぜかこうした認識は浸透していない。

 政府は原発の安全性向上に一層努めるとともに、的確なエネルギー選択に資する情報を、国民に提供することが求められる。


8/28付朝日
 衆院選挙制度改革法案で、自民党の小選挙区「0増5減」法案を受け入れることだ。

 民主党の案は生煮えだ。小選挙区、比例代表、連用制の三つの制度が混在する、複雑怪奇、理念不明なしろものである。

 これを無理やり参院に送っても、野党としては否決するか廃案にするしかないだろう。

 わざと無理筋の案を出し、解散を阻むことが狙いなのか。それは違うというなら、多くの野党が同意する「0増5減」の自民党案を受け入れるべきだ。


8/28付読売
 民主党は、衆院特別委員会で自らが提出した法案を全野党欠席のまま単独で採決し、可決した。28日に衆院を通過させる構えだ。

 無論、野党は反発している。参院で多数を占める野党の協力を見込めず、法案の廃案は確実だ。違憲状態を放置するに等しい。

 それでも民主党が突っ走ったのは、改革が実現しない責任を野党に押しつけたいからだろう。

 実際、樽床伸二幹事長代行は、審議を拒否した野党を「『1票の格差』是正さえやりたくない態度だ」と批判している。

 だが、民主党は、民自公3党が唯一折り合える格差是正の小選挙区「0増5減」の先行実施を拒み、制度改革を停滞させてきた。無責任な民主党に野党を批判する資格はない。結局、衆院解散・総選挙の先送り戦術ではないのか。

 そもそも民主党の法案は、「0増5減」や比例選定数の40削減、公明党が主張した比例代表連用制の部分導入を盛り込んでいる。

 各党の言い分をつなぎ合わせた制度は、極めて分かりにくい。中小政党を過剰に優遇する連用制には憲法上の疑義も指摘される。

(中略)

 岡田副総理は、「与野党が代わることもある。こんなやり方はいいかげんにやめた方がいい」と指摘した。その通りだが、民主党こそ野党時代に特例公債法案など予算関連法案を駆け引きの材料としたことを忘れてはならない。


8/29付読売
 その根底には、慰安婦問題に関する1993年の河野官房長官談話があることは否定できない。政府は、これを見直し、新たな見解を内外に表明すべきである。

 野田首相は参院予算委員会で、河野談話を踏襲するとしながらも「強制連行の事実を文書で確認できず、慰安婦への聞き取りから談話ができた」と説明した。松原国家公安委員長は談話を見直す観点から閣僚間の議論を提起した。

 河野談話は、慰安婦の募集について「軍の要請を受けた業者が主として当たった」とした上で、「本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあった」と記した。

 しかし、軍や官憲が慰安婦を強制的に連行したことを示す資料は発見できなかった。元慰安婦の証言のみが根拠とされ、これを裏付ける調査も行われていない。

 当時、韓国の元慰安婦らが名乗り出て日本政府に謝罪などを求めていた。談話の背景には、外交的配慮もあったのだろう。

 結果として、旧日本軍が女性を組織的に強制連行して「性奴隷」にしたといった誤解が、世界に定着した。米下院や欧州議会などは慰安婦問題で日本政府の謝罪を求める対日批判決議を採択した。

 だが、その後も、旧日本軍による慰安婦の強制連行を証明する資料は見つかっていない。

 米下院で慰安婦問題が取り上げられていた2007年3月、安倍内閣は「資料には軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」とする政府答弁書を閣議決定した。

 河野談話を継承しつつ、その根拠となる資料は存在しないという立場を明確にしたものだ。

 だが、このままでは国際社会の誤解を払拭することは難しい。

 大阪市の橋下徹市長が、閣議決定もされていない河野談話と07年の閣議決定は矛盾しており、河野談話の内容を見直すべきだと述べたのは、もっともである。橋下氏は河野談話を日韓の紛争の「最大の元凶」とも批判している。

 政府は、誤解の拡散を招かぬよう手立てを講じる必要がある。

 野田内閣は、旧日本軍による慰安婦強制連行の確証がないことを踏まえ、河野談話という自民党政権時代の「負の遺産」を見直し、日本政府の立場を内外に分かりやすく説明しなければならない。


8/29付読売
 報告書は、経験の浅い副操縦士がミスを重ねた「人的要因」が主たる事故原因と結論づけた。最大秒速14メートルの強風の中、飛行マニュアルに反して、追い風を受ける方向に機体を旋回し、回転翼の角度を規定以上に傾けたという。

 オスプレイの機体自体は事故の要因ではない、としている。

 報告書は、米軍の詳細な事故調査に基づいており、納得できる内容だ。オスプレイが他のヘリコプターなどと比べて特に危険であるかのような評価は公平でない。

(中略)

 オスプレイが配備される沖縄県だけでなく、訓練飛行が行われる可能性のある本州などの一部自治体が飛行反対を政府に申し入れているが、過剰反応ではないか。

 訓練は、北東アジア有事などに備えるもので、日本の安全保障につながっている。忘れてならないのは、なぜオスプレイを沖縄に配備するか、という点である。

 オスプレイは、普天間飛行場に配備中のCH46輸送ヘリコプターと比べて、巡航速力は2倍以上、行動半径も4倍以上になる。尖閣諸島まで給油せずに1時間弱で人員や物資を運べることになる。

 日米共同の作戦行動能力を大きく向上させ、抑止力も高まる。米政府が共同防衛の対象と明言する尖閣諸島を含む南西諸島の防衛に加え、人道支援や災害救援にも貢献が期待されよう。


8/28付毎日
 民主党が27日の衆院特別委員会で同党が提出した衆院選挙制度改革関連法案を強行可決した。自民党などはこれに反発し、近く野田佳彦首相に対する問責決議案を参院に提出する方針という。決議が可決されれば国会は空転したまま来月8日の会期末を迎える可能性が大きい。

 ここにきての混乱の大きな責任は民主党側にある。政権与党として何かを進めようという意志が感じられない。いや、むしろ、何も決めたくないようにさえ見えるからだ。

 民主党が野党欠席の中、強行可決した案は、衆院の「1票の格差」是正のため小選挙区を「0増5減」すると同時に、衆院比例定数を40削減し、選挙制度も変更し比例代表の一部に連用制を導入する内容だ。

 消費増税が決まる中、定数削減により議員自らも身を削るという姿勢が間違っているとはいわない。しかし、再三指摘してきたように定数削減と選挙制度変更が与野党で容易にまとまらないのは民主党も承知しているはずだ。法案が衆院を通過しても与野党逆転の参院で可決・成立する可能性はまずない。

 一方で1票の格差是正のための立法措置を怠って今回、衆院選に突入した場合、司法が後に選挙は無効だとする判決を下す可能性がある。格差是正は事実上、解散するための前提となっている現状がある。

 ところが、野田首相と谷垣禎一自民党総裁が「近いうち解散」で合意したにもかかわらず、民主党議員には約3年間の政権運営を有権者に問う自信がよほどないのだろう。苦戦が予想される議員の間から漏れてくるのは「一日でも解散を先送りしたい」という声ばかりだ。

 そこで、まとまりそうもない案を出して決裂すれば、結果的に1票の格差も是正されず、解散は先送りできる--輿石東幹事長ら民主党執行部は「解散封じ」を狙っているとしか思えない。問責決議案が可決されれば審議はストップしたまま今国会は終了するから、それも好都合だと考えているのではなかろうか。もはや違憲・違法状態を放置する国会の怠慢という次元を超えている。目に余る解散恐怖症といっていい。

 だが、まだ間に合う。民主党は成立の見込みがない独自案の衆院本会議での採決を見送り、今国会では緊急的な措置として自民党が主張している「0増5減」の先行実施案に歩み寄るべきだ。混乱のあおりで今年度の予算執行に必要な赤字国債を発行するための特例公債法案なども宙に浮く公算が大きい。野党と非難合戦をする前に民主党は政権与党の責任をまっとうすることだ。


8/30付読売
 将来の原子力発電比率などに関する国民の意識調査を都合良く分析し、脱原発に政策のカジを切る根拠に使うのは、あまりに乱暴ではないか。

 討論型世論調査などの結果について政府の有識者会議が、「少なくとも過半の国民は、原発に依存しない社会の実現を望んでいる」とする総括案をまとめた。これを踏まえ、政府はエネルギー政策の基本方針を近く決定する。

 だが、世論の過半が「脱原発依存」だと結論づけた総括案は説得力に欠ける。

 政府は意識調査の結果を過大評価せず、一定の原発利用を続けていく現実的なエネルギー政策を推進すべきである。

 2030年の原発比率に関する「0%」「15%」「20~25%」の三つの選択肢のうち、討論型やマスコミ各社の世論調査で0%と15%を選んだ割合を合計すれば7~8割に達する。「脱原発依存が過半」とした総括案の根拠だ。

 とはいえ、「0%」以外を選んだ比率も、合計すると5~7割になる。一定程度は原発が必要と考える人も相当に多い。

 有識者会議で「原発に依存しないというより、原発を減らしたいと解釈できる」との指摘が出たのはもっともだ。「脱原発依存」が多数派とは断定できまい。

 さらに、討論型世論調査などの参加者には原発政策に進んで意見を言いたい人が多く、主張が脱原発に偏る傾向がある。こうした数字をもとに、全国民の世論を推し量るのは無理がある。

 有識者会議でも「討論型世論調査が国民全体の意見になるという実証的な検証はない」「比率をそのまま正しいと考えるのは危険」など、数字の偏重を戒める意見が多く出された。

 総括案が原発比率の方向性を打ち出し切れなかったのは、そういう事情もあるのだろう。

 政府が示した三つの選択肢は、再生可能エネルギーの見積もりが過大で、非現実的だ。選択の幅が狭く国民が選びにくいなど、政府による「国民的議論」の欠陥も指摘されている。

 せっかく世論調査の専門家を集めた有識者会議もわずか3回で終わり、論議は深まらなかった。

 この会議を主導した古川国家戦略相は開催前から、「原発に依存しない社会を作る方向性で戦略をまとめる」と述べていた。

 これからどういう経済社会を築いていくのか。そのグランドデザインも示さないまま「脱原発依存」に誘導するのなら無責任だ。


8/31付読売
 だが、日本は17世紀には竹島を漁場などに利用し、領有権を確立した。大戦後、韓国は竹島を韓国領とするよう米国に要請したが、拒否されたため、一方的に「李承晩ライン」を設定し、不法占拠した。


8/30付日経
 政府は2030年に向けたエネルギー・環境戦略を決めるにあたり、原子力発電の全廃を選択すべきではない。

 私たちは福島第1原発事故を契機にエネルギー・環境政策を大きく変える必要があると主張してきた。原発の新設は難しくなり、原子力への依存は下がる。


エネルギー自給率4%


 その代わり自然エネルギーを可能な限り増やし、環境影響に配慮しつつ化石燃料を賢く利用する必要がある。エネルギーの利用効率を高め、ムダをなくすことで総使用量を減らす努力も重要だ。

 しかし原子力を選択肢からはずすのは賢明ではない。日本のエネルギー自給率は約4%(原子力除く)。国産は自然エネ以外にわずかな石油と天然ガスだけだ。

 1970年代の2度の石油危機を通じ、ひとつのエネルギー源に依存しすぎる危うさを学んだ。政府が原発ゼロを選べば資源国が日本の足元をみるのは避けがたい。多様なエネルギーの選択肢を手中にとどめおくことこそ、広い意味で国の安全保障にほかならない。

 地球温暖化への対処もある。原子力は温暖化ガスの排出削減に有効だ。世界第3の経済国である日本が世界共通の課題解決に背を向けることはできない。

(中略)

 いずれにしても意見集約の結果は政策決定にあたって踏まえるべき材料の一つにすぎない。最後は政治の判断だ。何が本当に国民の安全・安心につながるのか。政府は大局的な観点から責任ある判断を下してもらいたい。

【つまり経産省とか官僚とかが喜ぶような結論をってことか。民主主義国家のやることじゃないね。さすが似非民主主義国家だけある。】

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