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2012年10月 6日 (土)

社説を読む 第31回


9/29付朝日
 そして日本は、歴史にしっかり向きあう必要がある。日中戦争は、日本が中国の国土でおこした。大勢の中国の人たちが犠牲になったのは、逃れようのない事実だ。

 浮ついた「愛国」は人々を豊かにしない。それは中国も日本も同じだ。歴史と今を冷徹に見つめ、立て直しを始めよう。

10/2付朝日
 政府はオスプレイの運用にあたり、可能な限り人口密集地の上を飛ばないようにすることなどで米側と合意した。

 だが、沖縄県民はこれまでの米軍の飛行や事故の経験から、それは守られない約束であることを痛いほど知っている。

 沖縄県民が怒るのは、新型機の安全性の問題だけからではない。米軍基地を沖縄に押し込める構造。それがいつまでたっても改まらない。これらを差別的だと感じていた不満が、一気に噴き出したのだ。

 だからこそ、先月の県民大会には、お年寄りから子供まで、組織されない人たちもふくめて数万人もが集まった。参加者の広がりや、抗議にこめられた思いの強さは、これまでとは明らかに質が異なる。

 野田首相はきのうの記者会見で、「普天間飛行場の一日も早い移設・返還をはじめ、沖縄の負担軽減や振興にいっそう力を入れていく」と述べた。

 首相がこれらを実行するのは当然だが、名護市辺野古への移設を進めようというのなら、見当違いだ。

10/4付日経
 高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)を「核のゴミ」の焼却技術を研究する原子炉に転用する構想が政府内で浮上している。

 震災後、核燃料サイクル政策の見直し論議のなかで、もんじゅは廃炉も選択肢の一つと考えられてきたはずだ。放射性廃棄物の焼却は確かに追求する価値のある未来技術かもしれないが、唐突なもんじゅの転用案には疑義がある。行き詰まった国家プロジェクトの延命策ではないのか。

 原子力発電所の使用済み核燃料は、放射能が減衰するのに百万年以上かかる物質を含むため処分が非常にやっかいだ。焼却技術はこうした長寿命の放射性物質を人為的に核分裂させ、寿命の短い放射性物質に変える。処分が容易になるとされる。

 文部科学省と日本原子力研究開発機構は、もんじゅの開発目的を、これまでの高速増殖炉の実用化から、焼却技術の研究に書き直し、将来、焼却用の本格的な原子炉をつくる足がかりとする構想だ。

 ただ焼却用の炉といっても、廃棄物をそのまま原子炉に入れて燃やすのではない。まず核燃料に加工する工場が必要だ。燃やし終わった後も、最終的に捨てるゴミとまだ燃やせる燃料を分ける再処理工場が新たに要る。

 使用済み核燃料を実用的な規模で焼却するには巨額な投資が必要だ。いくらかかるのかも、本当に可能なのかもしっかり議論されていない。今は福島事故の後始末を最優先させるべき時だ。廃棄物を減らせるかもしれないという「夢」を根拠にした新たな大型の研究開発にゴーサインは出せない。

 もんじゅも発電しながら核燃料のプルトニウムを増やせる「夢の原子炉」として開発が始まった。しかし1995年の運転開始後まもなく、冷却材を漏らす事故を起こし17年間も止まったままだ。建設などに約1兆円を投じた。

 なぜもんじゅが行き詰まったのか、検証と反省がまずあるべきだ。失敗を覆い隠すための方向転換では、その先に未来はない。

10/3付毎日
 内閣府原子力委員会が、国の原子力政策の基本方針となる新たな「原子力政策大綱」の策定を中止した。政府が9月にまとめ、原発ゼロ目標を打ち出した「革新的エネルギー・環境戦略」の中で、原子力政策は関係閣僚で作るエネルギー・環境会議の場を中心に決めることになったからだ。原子力委は設置から50年以上にわたり原子力推進体制の中心となってきたが、政府が脱原発依存を掲げる中で、その役割を終えたと言えるだろう。

 原子力を、エネルギー政策全体の中でどう位置づけるかを検討する上でも、原子力の推進に特化した機関を存続させておくこと自体がおかしい。エネ環戦略は、廃止・改編も含めて原子力委のあり方を根本的に見直すことも打ち出したが、速やかに廃止するのが筋だ。

 原子力委は1956年、原子力基本法に基づき「原子力の研究、開発及び利用に関する国の施策を計画的に遂行」するための機関として設置された。当初はノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹博士らも委員を務めた。省庁再編で内閣府に移管される01年まで、科学技術庁長官が委員長を兼務した。まさに原子力政策の司令塔的存在だった。

 一方で、今年に入り、いわゆる原子力ムラの「談合」の場になっていたことが発覚した。

 大綱は今後10年程度の原子力政策の基本方針を定めており、約5年ごとに改定、閣議決定されてきた。05年策定の現大綱は原発比率を30~40%以上とし、使用済み核燃料の全量再処理路線の継続を盛り込んでいる。原子力委は有識者を集めた策定会議で10年12月から大綱の改定作業を始めたが、東京電力福島第1原発事故で一時中断。昨年9月に再開したが、今度は、核燃料サイクル政策を議論する原子力委小委員会が原発推進側だけを集めた「勉強会」を開いていたことが明らかとなり、審議は再び中断したままだった。

 原子力委は委員長以下5人の委員で構成され、任期はいずれも今年末までだ。それまでは、高レベル放射性廃棄物の処分や原子力の人材育成などについて提言を続ける方針というが、どれだけ国民の信頼を得られるか疑問だ。

10/4付毎日
 大間原発の建設を「Jパワー(電源開発)」が再開した。東京電力福島第1原発の重大事故を受けて中断していたが、枝野幸男経済産業相が建設容認の見解を示したことを受けての判断だ。

 政府はエネルギー・環境戦略で、「30年代に原発ゼロ」の目標を掲げている。「原発の運転期間を40年とする」「原発の新増設はしない」との原則も表明している。

 大間原発をこの原則に従って動かせば、30年代に原発をゼロにすることはできず、明らかな矛盾だ。着工済みの大間原発は「新増設」に当たらないとの見方も、詭弁(きべん)にしか聞こえない。

 Jパワーは民間会社であり、政府が着工を止める難しさはあるだろう。しかし、原発の現状は国策の上に築かれてきたものだ。原発事故を受け新たな原発政策を掲げた以上、政府にはゆるがない一本の筋を通してもらいたい。

 大間原発をめぐる疑問は他にもある。現在、新設された原子力規制委員会が原発の新安全基準の作成を進めている。骨格ができるのが来春。新基準ができるのは来年の夏だ。たとえ工事を進めても、新基準に適合しなければ稼働はできない。大間原発はウランとプルトニウムを混ぜたMOX燃料だけを使用する世界初の「フルMOX炉」であり、その点でも慎重な審査が要求される。それなのに、なぜ建設を急ぐのか。

 新しい「原子力災害対策指針」では、重点的に防災対策を実施する範囲も「30キロ圏」に拡大される。この範囲にかかる北海道函館市が計画に反対しているのも当然だ。

 原発政策をめぐる矛盾は、これにとどまらない。原発ゼロをめざすにもかかわらず、使用済み核燃料からプルトニウムを取り出して燃やす「核燃料サイクル」を当面続けるという方針もそうだ。地元への配慮は当然必要だが、矛盾をどう解消していくかの方向性が見えない。

 原発の再稼働の判断についても政府は迷走している。原子力規制委が、「安全性は判断するが、再稼働の判断はしない」との立場を表明しているのに対し、野田佳彦首相は「規制委が主導的役割を果たす」とし、あいまいな部分が残されている。

 野田首相は「政治が介入すると規制委の独立性を損なう」との見解を示しているが、政治介入してはならないのは科学的な安全性の判断である。再稼働を認めるか否かは、安全性の判断を元に、国のエネルギー政策を踏まえ、政府が責任を持って決めるべきことだ。

 政府は、万事につけ場当たり的対応をやめ、原発ゼロの目標に真摯(しんし)に向き合うべきだ。


9/29付朝日
 野田首相は、ウラジオストクで中国の胡錦濤(フーチンタオ)国家主席と話しあった直後に尖閣諸島の購入に踏み切った。体面を重んじる中国には受け入れがたかった。

 中国に挑発的な石原慎太郎・東京都知事の購入計画を防ぎ、火種を取り除こうという日本政府の思惑を、「中央政府は地方政府を抑えられる」と考える中国は理解しようとしなかった。

 この40年の積み重ねは何だったのかと、嘆かざるを得ないような行き違いである。

9/29付読売
 いわゆる従軍慰安婦問題については、金外相が提起し、「国家的次元の措置」を求めたという。

 日韓間の請求権問題は、65年の国交正常化時に「完全かつ最終的に解決」している。日本は、安易な妥協は厳に慎むべきだ。

10/2付読売
 今後の国家戦略や日本経済の再生を考えると、まず、疑問なのは原発・エネルギー政策を迷走させてきた枝野経済産業相を留任させたことである。

 枝野氏は、政府が2030年代に原発の稼働ゼロを目指す「革新的エネルギー・環境戦略」を策定した際、中心的役割を担った。

 枝野氏は、原発ゼロについて「やり方を間違わなければ、むしろ経済にプラスだ」と楽観的な見解も示している。

 こうした言動は、脱原発がもたらす日本経済への打撃や、産業空洞化に伴う雇用喪失、原子力関連の技術者減少など、経済界が懸念を示す様々な課題について軽視しているように見える。

 これでは電力の安定供給と産業振興に責任を負う経産相として、無責任のそしりを免れない。

 再生可能エネルギーの技術革新を実現するには、経済界の幅広い協力が必要だ。

 国家戦略・経済財政相に就任した前原誠司前政調会長も、これまで民主党のエネルギー・環境調査会をリードし、「原発ゼロ」の方針決定を後押ししてきた。

 前原氏は、就任後の記者会見で「いかに国力を上げるかという国家戦略を推進し、企画立案する」と述べたが、「原発ゼロ」を推進する一方で、デフレ克服と成長促進をどう実現するのか。

 中長期的なエネルギー基本計画の策定が大きな課題になる。

 経済界が反発していることに加えて、日本と原子力協定を結ぶ米国も日本の原発政策に強い懸念を示している。関係を改善することが欠かせない。

 外相経験もある前原氏の政策調整力が、改めて問われる。

(中略)

 北方領土問題を巡るロシアとの交渉や、拉致問題で北朝鮮との協議の仕切り直しが始まったばかりだ。尖閣諸島、竹島問題で対立の続く日中・日韓関係を改善することも差し迫った課題だ。

 米軍岩国基地に駐機していた新型輸送機オスプレイが1日、沖縄の米軍普天間飛行場に移動した。玄葉外相が、「日本、東アジアの安全保障にとって、海兵隊の中核となる装備なので不可欠だ」と指摘したのはもっともである。

 対中・韓外交を立て直すためにも玄葉、森本両氏は、普天間飛行場の移設と日米同盟の一層の強化に全力を挙げねばならない。

10/3付読売
 内閣改造を機に、経済成長を阻害している従来の“経済失政”も修正すべきだ。

 安全を確認できた原子力発電所の再稼働を進め、電力の安定供給を図ることは「焦眉の急」である。産業空洞化を加速させ、原発輸出を妨げる「原発ゼロ」方針は、速やかな撤回が不可欠だ。

10/4付読売
 原子力政策の迷走に拍車をかけないか。危惧を抱かざるを得ない。

 内閣府原子力委員会が原子力利用の基本方針である「原子力政策大綱」の改定を中止した。

 原子力政策については今後、首相や関係閣僚で構成する「エネルギー・環境会議」を中心に決めることになったため、という。

 原子力発電の専門家や関係者は脇に追いやられた形だ。政策決定にあたり、実のある議論ができるのか、大いに疑問である。

 専門家らで構成される原子力委は1956年、原子力基本法に基づき設置された。

 初期には、原子力エネルギー導入を主導し、ほぼ5年ごとに、原子力の基本政策を見直してきた。近年は政府の原発輸出方針を受け、国際協力も担ってきた。

 エネ環会議は、原子力委の廃止も視野に入れている。だが、エネ環会議は「脱原発」を掲げた菅前首相が昨年設置した組織だ。その位置付けに法的な根拠がない。

 そもそも、日本のエネルギー政策を混乱させているのが、このエネ環会議である。

 9月に「2030年代までに原発ゼロ」を柱とする「革新的エネルギー・環境戦略」をまとめたが、電力を安定供給するための具体策を欠いている。

 「原発ゼロ」を掲げながら、原発の建設続行を容認した。原発の使用済み核燃料を再利用する核燃料サイクル政策も進めるという。矛盾以外の何ものでもない。経済産業省のエネルギー基本計画作りも止まっている。

 加えて、大綱の改定が中止されたことで、原子力政策の空白が生じよう。原子力委の近藤駿介委員長も、「正直言って、政策を積み上げるプロセスの先行きが見えない」と述べている。

 迷走が続けば、各地の原発の再稼働や、その後の原発の運転も見通せなくなる。原発立地自治体の地域経済や雇用などに、甚大な悪影響を与えかねない。

 各地で不信や不安が増すと、原子力政策への協力が得られなくなる恐れがある。

 非核兵器保有国である日本は、原子力利用について国際的な説明責任を常に求められている。矛盾を抱えた政策が、どこまで世界に信頼されるのだろうか。

 原子力政策では、核燃料の確保から使用済み核燃料の最終処分まで、100年単位の長期的な戦略が欠かせない。専門家の知見を生かして、確固たる政策を築くことが何より重要である。

10/3付日経
 共産党幹部は、党の政治判断があってはじめて刑事訴追を受けることになるという実態も、改めて浮き彫りになった。

 薄氏は重慶で、格差の拡大に対する庶民の反発を利用して独断専行の政治を推進した。その手法は論議を呼んできたが、発表はこの問題には触れていない。

 こうした疑問点を、中国のメディアは追究どころか指摘さえしていない。「薄熙来事件」の全容は明らかではない。総じていえば、共産党が司法もメディアも指導する「一党独裁」体制のはらむ構造問題が表れた印象が強い。

 尖閣諸島をめぐって日本に対する攻撃的な言動が相次いでいる一因は、このあたりにあろう。党大会を控え、国内の問題とりわけ一党独裁の問題から国民の目をそらそうとの思惑が透けて見える。

10/3付日経
 米政府は同国の上場企業に対し、コンゴ民主共和国とその周辺国で産出した金、すず、希少金属のタンタル、タングステンを製品や製造過程で使う場合に、米証券取引委員会への報告と開示を義務付ける規則を決めた。

 こうした鉱物資源がコンゴなどで非人道的な行為を繰り返す武装勢力の資金源になるとみて、米政府は情報を開示させることで制裁効果を狙う。来年から適用する。

 企業が「紛争鉱物」を使っても罰則はない。だが、企業の社会的責任が増す中で、すでに部品や材料の調達で紛争鉱物の不使用を条件とする米企業が出ている。

 ニューヨーク証券取引所に上場するパナソニックやキヤノンなどだけでなく、多くの日本企業が部品や材料の調達網を通じて「紛争鉱物を使っていない証し」を求められることを想定すべきだ。

 対象となる鉱物は電子部品や鉄鋼製品に加工され、様々な電気製品や自動車、産業機械などに組み込まれる。日本企業は米国が導入した新規制の影響の大きさを認識し、対応を急ぐ必要がある。


【この2つの違いは何か?】

10/1付読売
 高齢者が増える反面、少子化に伴って、現役世代の人口は減り続ける。1人の高齢者を支える現役世代の数は、現在の約3人から、50年後にはほぼ1人となる。

 現行の社会保障制度では持ちこたえられないのが、明らかだ。

 民主、自民、公明3党の合意に基づき設置される予定の社会保障制度改革国民会議で、持続可能な社会保障制度について議論を深めるべきだ。

10/4付朝日
 65歳以上の高齢者が今年、3千万人を突破した。20~64歳の現役世代は減少していく。65年に9.1人で1人のお年寄りを支える「胴上げ型」だった日本社会は、いまや2.4人で1人の「騎馬戦型」。2050年には1.2人で1人を支える「肩車型」になる――。

 政府が社会保障と税の一体改革を訴えるため、盛んに発信したメッセージである。

 これで「がんばれる」だろうか。現役世代は肩の荷が際限なく重くなる絶望感を抱き、高齢者は年をとることが何か悪いことのようで不安になる。そんな反応が自然だろう。

 ここで示された人口構成の変化にうそはない。

 だが、「支える」ための負担の重さは本来、「働いていない人」1人を何人の「働いている人」で支えるかで示すべきだ。

 この指標だと、見える風景は違ってくる。

 今年の労働経済白書の試算によると、働いていない人と就業者の比率はここ数十年、1対1前後で安定してきた。

 高齢者が増える一方、子どもの数が減ることで、社会全体としてみると、働いていない人の割合が極端に高まっているわけではないからだ。

 さらに白書は今後、一定の経済成長を達成し、多くの女性や高齢者が働くようになるケースでは、就業者は現状の延長に比べ、2020年で352万人、30年で632万人増えるという見通しも示している。今より働く人の比率が増える。

 働き手が押しつぶされる肩車型のイメージとは随分違う。

 もちろん、年金や医療、介護でお金がかかる高齢者が増えるため、社会全体での負担増は避けられない。

 ただ、働いていない人が就業者に回れば肩の荷は軽くなる。

 ことに女性の就業である。女性が働きやすい政策が展開されると、出生率が上昇する傾向は多くの先進国でみられる。子育ての支援は、女性の就業率を向上させながら、少子化も改善するという点で効果が大きい。

 働ける人が働くのは「がんばりようがある」世界である。そこに目を向けて、一人ひとりが「がんばっちゃう」と、世の中は変わる。

10/5付朝日
 原子力規制委員会が、停止している全国の原発について再稼働の判断にはかかわらない、との見解をまとめた。

 委員の一人は、規制委が個々の原発を安全だと判断することは、再稼働を認める場合の「必要条件」だが、「十分条件になるかは別問題」と指摘した。

 もっともだ。規制委が合格点を与えても、ほかの電源でまかなえるなどの条件が整えば、再稼働する必要はない。その判断は、政治の仕事である。

 ところが政府は「規制委が安全と判断した原発は重要電源として活用する」「政治が介入すれば規制委の独立性を損なう」と繰り返している。

 大飯原発(福井県)の再稼働で国民の不信をかったことに懲りたからだろうか、野田政権は再稼働問題を規制委にすっかり丸投げしている。

 おかしいではないか。

 規制委の独立性を守るのは当然だ。しかし、それは安全性の判断について、である。

 野田政権は「2030年代に原発稼働をゼロとする」目標を掲げた当事者だ。

 不要な原発はできるだけ早く閉めていく。この大きな政策転換の枠組みの中に、再稼働問題も位置づけられる。

 電力需給の面では、原発をほとんど動かさなくても問題のないことが明らかになっている。

 では、最小限動かさざるをえない原発の条件とは何なのか。政府として原発を「当面の重要電源」とするなら、そこを明確にし、再稼働の新たな基準を設けるべきだ。

 有権者が知りたいのは、脱原発依存をどうやって進めるかという点である。国民の信頼をつなぎとめたいなら、ゼロ目標に向けた現実的な行程表づくりを急がなければならない。

 再稼働についても、現時点での電力融通の限界や電気料金への影響、地元自治体の財政や雇用問題など論点を整理し、具体的な対策と克服に必要な時間を示す必要がある。

 今冬の対策も大事だ。冬の電力需要は暖房の割合が大きい。ピーク時の抑制が必要な夏と違って、いかに総量を抑えるかが重要になる。東北や北海道での対策が焦点となるが、同じ周波数の地域が広い西日本ほど電力の融通がきかない面もある。

 準備を怠ってはいけない。

 野田首相は、大飯原発の再稼働で「私の責任」を強調した。野田さん、内閣が掲げた原発ゼロ目標への責任こそ、果たすべきでしょう。

【確かに丸投げは不可解と思っていたが…(続く)。】

10/5付読売
 問題は、首相官邸や経済産業省など関係府省が、再稼働にどう関与するかが不透明なことだ。

 藤村官房長官は、政府として再稼働を判断する関係閣僚会議などを「開催することは考えていない」と述べた。枝野経済産業相も地元に了解を得るのは事業者だ、としている。

 これでは、最も困難な作業である地元の説得を、政府としては回避したいという思惑があると見られても仕方あるまい。

 政府は、安全確認を終えた原発を重要電源として活用する方針を掲げている。電力会社に再稼働問題を“丸投げ”するのであれば無責任ではないか。

 電力会社に対する地元の不信感は依然として根強い。今夏の関西電力大飯3、4号機の再稼働時でも、関係閣僚が地元自治体を粘り強く説得し、野田首相との協議を経て、ようやく再稼働にこぎ着けた経緯がある。

 政府が責任を持つ姿勢を示さなければ、地元自治体は再稼働に応じにくいだろう。

【これを狙っていると考えれば合点がいきますね。】

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