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2012年11月17日 (土)

社説を読む 第37回


11/10付朝日
 反原発デモを企画した市民に思わぬ壁が立ちはだかった。

 これまでと同じく、国会や官邸に近い日比谷公園にまず集まろうとしたら、管理する東京都が不許可にしたのだ。裁判所でも認められず、あす11日のデモは中止となった。国会周辺での抗議活動だけにするという。

 憲法が定める「集会の自由」はどこにいってしまったのか。

 裁判所が訴えを退けた理由はいくつかある。

 数万人の人出が予想される別の催しが、同じ日に公園で開かれる▽集合場所とされる広場では、市民団体が見こむ1万人は入りきらない▽現に7月に同様の集会があったときに、一部で混乱を招いた――などだ。

 別の公園利用者に迷惑がかからぬよう、不許可をふくめ、一定の調整がなされること自体を否定するつもりはない。

 見すごせないのは、都が最近になって、園内では有料の大音楽堂と公会堂以外での集会を禁止すると言い出したことだ。ずっと大目にみてきたが、本来の決まりどおりにするという。

 市民の集会やデモの抑えこみをねらった、運用方針の改悪であるのは明らかだ。

 裁判所は判例を踏まえ、「当日の公園の利用状況や収容能力を前提とする限り、不許可もやむを得ない」と述べているのであって、包括的な規制にお墨付きを与えたわけではない。

 過去に若干の混乱があったとしても、締めだしに走るのでなく、次はそうならぬように主催者とともに手立てを講じる。それが、市民を助け、支える自治体のとるべき道ではないか。

 他者とふれあい、情報を交換することによって、人びとは考えを深めることができる。集会やデモは意見を形づくる場であるとともに、その成果を表明する有効な手段だ。それはネット時代にあっても変わらない、大切な基本的人権である。

 憲法学者から最高裁判事になった故・伊藤正己氏は、似たような問題が争われた裁判で、こんな意見を述べている。

 道路、公園、広場などの「パブリック・フォーラム」が表現の場所として用いられるときには、所有権や管理権にもとづく制約を受けざるを得ない。しかし、そうだとしても、表現の自由の保障を可能な限り配慮する必要がある――と。

 30年近く前の見解だが、その価値は色あせない。

 いや、議員による間接民主主義が十分に働かず、国民の声を政治に反映させる回路を築き直さねばならない今だからこそ、かみしめるべき指摘である。


【正直、この社説を読むまでこんなことがあったとは知りませんでした(新聞自体、まだ10月で止まっている状態なので)。東京都は民主主義を放棄していると言わざるを得ない。強い危惧を感じる。】


11/11付朝日
 関西電力大飯原発(福井県おおい町)の敷地内の断層が活断層かどうかを調べるため、原子力規制委員会の調査チームは新たに3カ所で調査をする。

 うち1カ所は東西に最大150メートルずつ掘る大規模なものだ。活断層の疑いが指摘される「F―6断層」の位置を確かめるためで、年内に調査を終えることは難しくなった。

(中略)

 F―6断層は2号機と3号機の間を通っており、真上には重要施設の非常用取水路がある。

 規制委には、活断層という評価が出た場合、行政指導で原発事業者に停止を要請する権限がある。

 活断層の疑いを抱えたまま、原発を稼働させつつ、何カ月も大規模調査を続けることが、安全に配慮した判断と言えるだろうか。

 暫定的な安全判断で再稼働した大飯原発は、需要ピークが過ぎた秋に停止するのが筋でもある。停止要請の権限を予防的に行使すべきだ。

 そもそも今回の調査は、関電の提出データが不十分だったことが発端となった。だが、始動したばかりの規制委は、安全関連のデータの多くを電力会社に頼らざるを得ないのが現状である。今後の追加調査も関電の作業に頼るところが大きい。

 運転継続を望む関電のペースで調査が進むようでは、国民の信頼は得られない。


11/14付朝日
週刊朝日問題―報道の自覚に欠けた

【自社(厳密には異なるが)の過ちをきちんとこういう場所でとらえるということは評価すべきことかと。福島原発の元凶をつくったくせに何ら反省のない読売新聞とはえらい違いである。】


11/11付読売
 国家公務員を100としたときの地方公務員の給与水準を示すラスパイレス指数が、12年度は106・9となり、9年ぶりに国と地方の給与が逆転した。

 全国約1800自治体の8割以上が国より高水準だった。

 東日本大震災の復興予算を捻出するため、国家公務員の給与を12年度から2年間、引き下げた措置が影響しているのだろう。

 地方公務員の給与は労組との協議などを経て、自治体が条例で決める。国に決定権はない。

 ただ、その財源となるのは、地方税などに加え、国から配分される地方交付税交付金だ。地方の財源不足を補う17兆円超の交付税は国が借金しながら支えており、社会保障費と並んで国家財政を圧迫する要因となっている。

 地方全体の歳出80兆円超のうち給与が4分の1を占める。公務員給与の削減は、借金体質が続く地方財政の改革に不可欠だ。

 財務省の指摘に対し、全国知事会長の山田啓二京都府知事は「地方の努力を評価してもらわないと困る」と反発し、樽床総務相も「勝手に数字を出して世論をミスリードするのは甚だ不適切だ」と不快感を表明している。

 しかし、地方公務員給与の現状をみれば、首をかしげたくなるような面も少なくない。

 給与水準は国や他の自治体、民間の動向を踏まえて決定することになっている。だが、財務省によれば、全都道府県で民間の平均月額給与を上回る。青森、秋田、愛媛3県は10万円以上多い。

 一般職以外でも、清掃関係やバス運転手は民間の1・5倍、警備員は1・9倍、電話交換手が1・8倍などと厚遇ぶりが目立つ。

 国家公務員では廃止された持ち家手当を温存し、修学旅行の引率や高校入試の監督まで特殊勤務手当で支給する自治体もある。

 与野党とも衆院選を前に地方の反発を恐れ、地方公務員の給与問題には及び腰となりがちだ。

 地域の住民や議会が一層の行政改革を迫ることが重要だろう。

 15年10月に消費税率が10%に引き上げられた段階で、増税5%のうち1・54%分は自治体に回り、自主財源となる。地方は一段と歳出削減に取り組み、メリハリのある財政運営を行う責任がある。

【なるほど。確かにこれは説得力がある。】


11/13付読売
 今回の裁判で、批判されるべきは、検察審に虚偽の捜査報告書を提出し、起訴議決に疑念を抱かせた検察である。検察官による供述の誘導や強制も判明した。検察は猛省しなければならない。

 検察は虚偽報告書を作成した当時の検察官らを不起訴とした。この処分への不服申し立てが市民団体から検察審に出されている。検察審は厳正に審査すべきだ。

【小沢氏無罪について。ここのところが蔑ろにされている感があったので、読売新聞がこういう風にちゃんと書いているのは、良いことです。】


11/13付朝日
 刑事責任の有無をはなれ、事件は「政治とカネ」をめぐる多くの疑問や不信を招いた。

 今回の判決も、問題となった土地の取引が本来報告すべき年に報告されなかったこと、元秘書が公表を先送りする方針を決め、不動産業者らと調整したこと――などを認めている。

 金や資産の流れをそのまま明らかにして、国民の不断の監視の下におく。それが法の精神ではないか。何億円もの動きについて、事実と異なる報告がされていた点に変わりはない。

 疑惑が指摘された当初、小沢氏は会見で身の潔白をあかす書類を示して追及をかわした。後にそれは、日付をさかのぼって急きょ作成したものであることがわかった。捜査や公判を理由に国会での説明から逃げ続け、一審の法廷では「関心は天下国家で、収支報告書は見たこともない」と述べた。

 こうした行いは国民と政治との距離を広げただけでなく、小沢氏への失望を呼び、活動の幅をせばめる原因にもなった。

 その自覚と反省を欠いたまま、新しい政党をつくって「第三極」の結集をうったえたとしても、広範な支持を得るのはむずかしいだろう。

【こういう人を陥れることにしか興味のないゴミみたいなマスコミ陣営に支配されているという実情を理解することから始めないといけない。無罪という意味を分かっているのか?】


11/10付読売
 東電の事業計画は、2013年度決算で利益を黒字にするとの目標を掲げている。来年度から新潟県の柏崎刈羽原発の再稼働をスタートさせることが前提となる。

 ところが、野田政権が打ち出した「原発ゼロ」方針が、再稼働の足かせとなっている。事業計画を認定した枝野経済産業相は、再稼働の判断を原子力規制委員会に任せきりにする無責任な態度だ。

 こうした場当たり的なエネルギー政策が、諸悪の根源である。政府は「原発ゼロ」を撤回し、安全を確認できた原発の再稼働を推進するべきだ。

【「安全を確認」とは?何かあればあれだけのことを引き起こすものに安全なんて有り得ないでしょ?地元住民無視ですか?民主主義ってそういうものですか?】


11/11付読売
 一方で、「野党のマニフェスト」から脱皮できていないのが、エネルギー政策である。

 30年代に「原発稼働ゼロ」を目指す方針を盛り込むというが、代替エネルギーを一体どう確保するのか。脱原発政策に伴う電気料金の値上げや産業空洞化の進行、原子力を担う人材の流出といった懸案にも解決の糸口が見えない。

 原発ゼロだけでは、前回と同様無責任である。原発を当面は活用する、とする自民党と比べて現実的ではないと言える。

【現状において、原発を当面は活用するということのほうがよっぽど現実を見ていないと思うが?そもそも再稼働なんてムリでしょ?現実見ろよ?(これは民主党も同じか)。てか、この社説原発について触れたのはこれだけなのにタイトルが「民主党政権公約 原発ゼロでは反省に値しない」て…。】


11/10付日経
 これほどの混乱を引き起こしておいて、大臣の職にとどまるのはあまりにも無責任ではないか。来春開学予定の札幌保健医療大など3校の開設について田中真紀子文部科学相が審議会の答申を覆し、いったん不認可とした問題だ。

 厳しい世論や与野党からの批判を受けて田中氏は不認可を撤回し、9日の記者会見では「心からおわびする」と述べた。

 しかし、設置審査のあり方と個々の大学の開設可否を混同して3校を理不尽な状況に巻き込み、受験生まで困らせた責任は重大だ。田中氏は不認可撤回後に「3校は逆にいい宣伝になった」などと言い放ってもいる。ようやく反省や謝罪を口にしたからといって、とても信用できるものではない。

 田中氏は小泉内閣の外相当時、人事などをめぐって外務官僚としばしば対立し、無用な混乱を引き起こした。このため任期途中に小泉純一郎首相に更迭された経緯がある。今回の騒動は田中氏が閣僚として不適任であることを改めて浮き彫りにしたといえる。

 藤村修官房長官が「大臣として間違ったことをしたとは誰も受け止めていない」などと田中氏を擁護しているのも理解に苦しむ。首相の任命責任を避けるための、開き直りというしかない。

 先の改造で初入閣した田中慶秋法相は、過去の暴力団との交際などの不祥事が明るみに出て辞任に追い込まれた。昨年9月に誕生した野田内閣で資質に欠ける閣僚を何人みてきたことだろう。

 首相は自らの任命責任を認め、田中氏が自発的に辞任しないなら罷免すべきだ。それが任命権者として果たすべき責任である。

【「官僚の言いなりにならないやつは首を切れ」としか聞こえない。敵を追い落とせればそれでOKというマスコミのどす黒い心根が透けて見える。】

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