« 引きこもり中 | トップページ | 鬱だ »

2012年11月 3日 (土)

社説を読む 第35回


10/28付朝日
 あまりに非効率だ。病気やケガで「アメリカン・ドリーム」が断たれるのもおかしい――。そんな思いから、オバマ大統領は、国の支援で低所得者も民間保険に加入させ、医療費の抑制に乗り出す法律を通した。

 保険会社や医師会、製薬会社の強固な既得権がある分野に、政府が介入する覚悟だ。

 これに、「小さな政府」を信奉する共和党のロムニー候補は激しく反発し、改革法を撤廃するという。米国の社会保障は重大な岐路に立っている。

 日本の医療費も毎年1兆円以上、増えている。保険制度も米国ほどの大穴ではないが、ほころびが目立ち始めている。

 職場で事業主に保険料を負担してもらえない非正社員や失業者は、市町村の国民健康保険に流れ込む。保険料が払えず、無保険状態になる人もいる。

 幸い、診療報酬や薬価は政府が決められる。

 その権限を、医療費の制御や医師不足の解消などに生かさなければ、宝の持ち腐れだ。制度のほころびを繕うには、税による負担増もいる。いずれも政治の覚悟が必要だ。

 医療保険が米国並みの重症にならないよう、手を打たなければならない。

【ロムニーが当選したら、アメリカはどうなるのだろうかと不安でならない。Ry Cooderの気持ちがよく分かる。】


10/30付朝日
 6月の再審開始の判断は、最初の二つの鑑定結果が大きな根拠になった。逆転をねらった検察は8月に爪の鑑定を嘱託。これが、当の検察に誤りを認めさせる決定打となった。

 だれもがおかしいと思うだろう。弁護側は5年以上前から、「爪に犯人の皮膚片などがついている可能性がある」として、鑑定を求めていたのだ。

 このほかにも検察には、証拠隠しと批判されて当然の振る舞いがあった。こうした背信行為をゆるさない仕組みを、急ぎ整えなくてはならない。

 ところが検察は、捜査や公判を検証する考えはないという。とんでもない話だ。少なくともこの間の証拠開示に関する姿勢は、国民の理解を得られるものではない。「公益の代表者」として恥じる点はないと、本気で思っているのか。

 郵便不正事件など一連の不祥事で検察の信頼は地に落ちた。組織をあげての改革を口にするが、実態はこのありさまだ。体面を重んじ、批判をきらう独善的な体質は改まっていない。


10/31付朝日
 運転寿命を40年とする規制を厳格に適用する方針は、すでに示されている。大飯原発など、活断層の存在が懸念される原発もいくつかある。

 こうした危ない原発、古い原発から閉めていくことになる。

 廃炉には多額の費用がかかるが、まだ十分に引当金を積めていないところが少なくない。

 そうした状況を考えれば、経営戦略を早急に切り替えなければならない。

 事業を見直し、経営の無駄をとりのぞく。安全対策費がかさみ、維持だけでお金がかかりすぎるなら、自ら原発を閉める選択肢もある。

(中略)

 ところが、各社の発言を聞いていると、まだ全ての原発の存続を前提に、当座をしのぐ策ばかり練っているようだ。

【電力会社は自分たちが何をしでかしたかを分かっていないのではないか?忘れているのではないか?感じていないのではないか?】


10/29付読売
 「チャデモ方式」と言われるEVの急速充電器を実用化したのはEVを量産している日産自動車や三菱自動車など日本の業界だ。欧米にも採用を呼びかけた。

 しかし、米国の業界団体は、米ゼネラル・モーターズ(GM)や独フォルクスワーゲン(VW)などが推進する「コンボ方式」という別の規格の採用を決めた。

 双方で使われる充電コネクタは異なり、互換性がない。

 コンボはまだ机上プランに過ぎず、実用化は2013年以降とされる。にもかかわらず、米業界が日本の提案を退けたのは、EV市場で日本に主導権を握られることを警戒したからだろう。

 将来、欧米市場などでコンボが標準化されると、先行していた日本勢が逆に孤立化する。

 自動車業界が最優先すべきは、ユーザーの利便性向上である。二つの規格が併存すれば、混乱を招き、EVの販売にもブレーキがかかりかねない。

 エコカー競争では、ガソリンと電気モーターで走るハイブリッド車が人気を集め、EVの普及は遅れている。それだけに世界の業界が基盤技術の規格で対立することは好ましくない。

 日本メーカーは、チャデモの利用拡大を狙うとともに、二つの規格に互換性をもたせる技術開発も主導すべきではないか。

 独自規格を作ろうとする動きが出ている世界最大の市場である中国を取り込むことも重要だ。

 EV普及に弾みをつけるためには、急速充電できるスタンドなどを国内外で急増させるべきだ。

 これまでも日本は、アナログハイビジョン放送や携帯電話などの技術開発で先行したのに、世界標準化できなかった。こうした失敗を繰り返してはなるまい。

 政府が知的財産推進計画で国際標準化を重視する方針を掲げているのは妥当だ。産業競争力を強化するには、標準化を獲得する方策を官民で検討する必要がある。


10/30付読売
 戦後初の事態である。

 憲政史上に汚点を残す愚行と言うほかない。

 野田首相の所信表明演説が衆院本会議だけで行われた。参院では、多数を占める野党が、本会議開会に応じなかったためだ。

 所信表明演説は、首相が外交、内政にわたって基本方針を示す重要な機会だ。これを受けて与野党の代表質問で論戦が本格化するのが国会の慣例となっている。

 参院の自民、公明両党などは、先の通常国会で野田首相問責決議を可決した以上、首相を本会議場に迎えられないと主張する。「参院の意思で所信表明を求めなかった。審議拒否ではない」と釈明するが、こんな詭弁(きべん)は通らない。

 過去に問責された福田、麻生両首相は結果的に次の国会審議前に退陣した。問責された首相が次の国会に臨むのは初めてとなる。

 野党は、問責決議に伴う審議拒否戦術という悪弊を断ち、不毛な応酬に終止符を打つべきだ。

 そもそも、参院の問責決議は、衆院の内閣不信任決議と違って、法的な拘束力はない。首相は参院に対し、衆院解散のような対抗手段がなく、衆院の優越を定めた憲法の理念にも反するからだ。

 6年間の安定した任期がある参院に首相を辞任させる手立てが認められないのは当然である。

 理解し難いのは自民党だ。

 この問責決議は、消費増税法が「国民の声に背く」ことを理由に挙げたが、自民党は民自公3党合意に基づいて法案に賛成し、成立させた当事者である。自己否定する決議を今国会でも振りかざす理不尽さには唖然(あぜん)とさせられる。

 衆参ねじれ国会では、野党の制する参院が再三、権限を乱用し、国会を混乱させてきた。与党として参院に苦しめられた自民、公明両党が野党転落後、意趣返しを繰り返しているのは嘆かわしい。

 一方で、参院は予算委員会を開催する方向だ。閣僚の不祥事を追及するとともに、首相の出席を求めて田中慶秋前法相を起用した任命責任をただすためだという。

 それが事実ならば、本会議での首相演説を拒否したこととの整合性をどう説明するのか。

 しかも、参院は、他の委員会での政府提出法案審議は原則、拒否するとしている。政権復帰を目指す自民党までが、このようなご都合主義で、ちぐはぐな国会対応を採用するつもりなのか。


10/31付読売
 高齢化で膨らむ医療費の負担を世代間で公平にすることが急務だ。

 政府の財政制度等審議会が、70~74歳の医療費の窓口負担を1割に抑える特例措置を廃止し、法律の規定通り2割負担にすべきだとの見解で一致した。財務相に近く措置の見直しを提言する。

 医療費の大半を賄う現役世代の負担が過重になるのを防ぐため、高齢者に応分の負担を求めることはやむを得ない。

 後期高齢者医療制度が始まった2008年、医療機関で払う窓口負担は70~74歳がそれまでの1割から2割に、75歳以上は従来通り1割とすると法律で決まった。

 だが、当時の自公政権は国民の反発を恐れ、70~74歳の負担を1割に抑える特例措置を決めた。

 民主党政権も継続している。

 この結果、1人当たりの平均収入に占める患者負担割合は、65~69歳の3・8%、75歳以上の4・6%に対し、70~74歳は2・4%と、格段に低い。歪(ひず)みが広がっていると言えよう。

 三井厚生労働相は、この問題について、記者会見で、特例措置の見直しに慎重な姿勢を示した。次期衆院選を控えて、高齢者に新たに負担を求めることは避けたいからだろう。

 だが、特例措置を維持するため、毎年約2000億円の国費が投入されている。財政赤字を拡大させる要因になっており、そのツケは将来世代へ回ることになる。

 高齢世代は、若い世代に比べて、税や保険料の負担を上回る年金や医療サービスを受けることができる。窓口負担の特例措置は、世代間の格差も助長するものだ。

 やはり、特例措置を見直し、負担の引き上げを決断すべきだ。政府は、負担を引き上げる場合は、今後70歳になる人から順次行い、既に70歳を超えた人は対象にしないことを検討している。

 日本人の外来受診回数は、英米を大きく上回り、医療費の増加や医師不足につながっている。窓口負担の引き上げで、不要不急の受診を防ぐ効果も期待できよう。

 無論、症状が重く、通院を減らせない人もいる。その場合には、75歳未満であっても、75歳以上が対象の後期高齢者医療制度に移行し、負担を抑える仕組みを活用してはどうか。

 一方、公的年金も、本来より高い給付水準に据え置く特例措置により、過払いになっているという問題もある。医療、年金財源の負担を将来世代に先送りし続けることは、もうやめるべきである。


11/3付読売
 質問に立った自民党の野村哲郎氏は「問責決議を肝に銘じるなら、総辞職か衆院解散の二者択一しかない」と対応をただした。

 しかし、憲法に規定されている衆院の内閣不信任決議と違い、参院の問責決議には法的拘束力がない。にもかかわらず、問責決議を振りかざし、首相に退陣や解散を迫ること自体、間違っている。

 首相が「重く受け止めている。反省すべきは反省し、国政の諸課題に取り組む」と答弁し、二者択一を拒否したのは当然である。

 共産党の井上哲士氏は、民主党の輿石幹事長が野党時代に福田首相問責決議案の趣旨説明で、衆院解散を要求したと指摘した。

 民主党も、問責決議を政府攻撃の手段としてきたことを真剣に反省する必要がある。与野党は、衆参ねじれ国会の下で、新たなルールを確立すべきだ。


11/3付毎日
 再発防止、綱紀粛正が叫ばれているさなか、夜間外出禁止令を破って米兵士が事件を起こし、垂直離着陸輸送機MV22オスプレイは、日米合意に違反して飛行している可能性が指摘されている。

 これでは、約束破りの米軍と言われても仕方ない。沖縄で、米軍への怒り、日米両政府に対する不信が募っているのは当然である。

 両政府は、日米安保体制に影響しかねない深刻な事態であることを強く自覚すべきである。

 事件は2日未明に起きた。沖縄の米軍嘉手納基地所属の空軍兵士が沖縄県読谷村で、酔っ払って民家に侵入、男子中学生にけがをさせた。

 在日米軍は、先月16日に海軍兵士が起こした集団強姦(ごうかん)致傷事件を受けて、19日、全兵士に対し夜間外出禁止令を出し、日本政府や地元・沖縄に再発防止を約束したばかりだ。半月もたたないうちの再発である。米軍の綱紀粛正は事実上、かけ声だけに終わっている、ということだ。

 米兵士の中には、再発防止、綱紀粛正と言っても一時的なものだ、などと事態を軽視するムードがあるのではないか。それでは事件は繰り返される。米軍が対策の中心になるのは当然だが、日本政府も、兵士教育など再発防止策の現状を把握し、その徹底について検証すべきだ。

 一方、沖縄へのオスプレイ配備から1カ月過ぎたが、反発が収まる気配はない。地元自治体や住民からは、人口密集地上空の飛行制限やヘリモードでの飛行制限などをうたった日米合意に違反して飛んでいる、本来の飛行ルートをはずれている、などの通報が県などに相次ぎ、配備への批判はむしろ強まっている。

 日米合意には、飛行制限について「可能な限り」や「運用上必要となる場合を除き」などの表現が付いていた。日米両政府、米軍はこれをもって「ただちに違反とは言えない」と言いたいのかもしれないが、沖縄では逆に、この表現によって堂々と合意違反がまかり通っている、と受け止められている。

【正直、この物言いでも生ぬるいという感じはぬぐえないが。まあそういうこと。】


11/3付朝日
 田中真紀子文部科学相がきのう、3大学の開学申請を不認可とした。

 前日に同省の大学設置・学校法人審議会が「可」と答申したのを、たった1日でひっくり返したのだ。

 不認可となった3校は来年度以降、申請し直さなくてはならない見通しになった。

 この30年間で、答申が覆った例はない。しかも、申請内容の問題ではなく、「大臣の政策的な判断」だという。

 これでは3校は到底、納得できまい。

 各校が新設を申請したのは半年以上も前のことだ。この間、審議会とやり取りを繰り返し、その意見を受け入れて計画を修正してきた。

 開校の予定は来春で、すでに志望者向けの説明会を開くなどの準備を進めていた。もう11月だ。大学側だけでなく、志望者も動揺しているだろう。

 田中文科相は不認可にした理由について、記者会見でこう語っている。

 「大学がすごくたくさんつくられ、教育の質がかなり低下してきている」「大学同士の競争の激化で、運営に問題のあるところもある」

 たしかに、いま全国の私立大の半数近くが定員割れを起こしている。その原因が、大学の数が増え続けてきたことにあるのも事実だ。

 4年制大学はこの20年の間に1.5倍に増えている。短大の4大への衣替えが続いているせいもあるが、何よりも文科省が91年に大学認可の規制を緩和したことが大きかった。

 過当競争の結果、経営難に陥る大学も少なくない。

 大学が多すぎるからといって、今ある大学を安易に淘汰(とうた)すれば、在校生が路頭に迷ってしまう。まず新設に歯止めをかけようと考えること自体は間違ってはいない。

 田中文科相は、現在のように委員の大半を大学関係者が占める審議会で認可の是非をきちんと審査できるのか疑問だ、とも指摘している。

 だが、大学行政や審議会のあり方は、別途議論して制度改革を進めるべき問題だろう。

 すでに申請されていた3校については、現行制度に基づいて判断するのが当然だ。政策を転換するつもりなら、審査している間に伝えるべきだった。大臣の鶴の一声で変更していい性格のものではあるまい。

【その「大臣の鶴の一声」がなければ、顧みられることもなかった問題なのでは?大臣は官僚どもの言いなりになるのが仕事ではない。田中大臣は仕事をしたと私は評価している。それをもみ潰すマスコミの醜悪さにいい加減日本人は気づくべきである。】


10/27付読売
 巨人入りを望んでいた東海大の菅野智之投手は、念願がかなった。昨年、日本ハムの1位指名を拒否し、浪人生活を送った。「心が折れそうな時もあったが、すべて報われた気がします」。喜びの言葉には実感がこもっていた。

 伸び盛りの時期に実戦から遠ざかった影響は、決して小さくないだろう。そのハンデを乗り越え、ファンの期待に応える投球を見せてもらいたい。

 菅野投手のケースは希望球団に入りたくても入れないドラフト制度の問題点を浮き彫りにした。

【希望した球団に入れるのが当たり前とか…。希望した職場に入れない人が大半だというのにプロ野球選手は恵まれてますね。】


10/28付読売
 公正取引委員会の委員長ポストの空席が、1か月以上に及んでいる。

(中略)

 委員長の責任は特に重い。そのポストを長期間、不在のまま放置するのは問題だ。

 衆参ねじれ国会を言い訳に重要な政策や人事の決定を安易に先送りするのは、民主党政権の悪癖である。早急に改めるべきだ。

【なぜ、民主党政権の問題であると問題点を矮小化するのか?自民党政権だって大差ないと思うが?】


11/1付読売
 日本外交の再建に関して安倍氏は、「日米同盟を再構築」するため、集団的自衛権の行使を可能にするよう政府の憲法解釈の変更を求めた。首相は、当面の解釈変更を否定しつつ、「様々な議論があってしかるべきだ」と述べた。

 領土を守り、中国、韓国との関係を改善するうえで、日米同盟の強化は欠かせない。集団的自衛権は安全保障の根幹にかかわる問題だけに、超党派の合意形成が望ましい。与野党は、行使を可能にする方向で議論を深めてほしい。

【「領土を守り、中国、韓国との関係を改善するうえで、日米同盟の強化は欠かせない。」ていうのが、素で理解できないのですが。】


11/2付読売
 外交分野は、進捗(しんちょく)状況の数値化や評価が困難との理由で、今回の検証対象から除外されている。

 ただ、当時の鳩山代表が米軍普天間飛行場の移設先を「最低でも沖縄県外」と発言したことで日米関係を損ない、日本外交を迷走させたことを忘れてはなるまい。

【どうしても、鳩山氏を悪人に仕立て上げたいらしい。「最低でも沖縄県外」は妥当な考えであり、それについていかなかった内地の人間が悪い。民主党のマニフェストの反省も必要だが、自民党と読売新聞は、原発を推進してきた反省も必要なのでは?】


11/4付読売
 田中文部科学相が、3大学の新設申請を不認可とした。文科相の諮問機関である大学設置・学校法人審議会が「新設を認可する」とした答申を独断で覆した。過去30年で初のケースという。

 田中文科相は記者会見で、「大学はたくさん作られてきたが、教育の質自体が低下している」と述べ、現行の大学設置認可制度を見直す考えを明らかにした。

 だが、なぜ、この3校の新設を認めないのか、という明確な理由は示さなかった。文科省は「大臣の政策的判断」と説明するが、政治主導をはき違えた、あまりに乱暴な判断と言うほかない。

 そもそも、設置審の認可答申は、文科省が定めた大学設置基準などに基づいて、3校の教育体制や財務計画を精査した末に出された結論である。

 文科相が最終的な認可権限を持つとはいえ、基準を満たした3校の新設を大臣の判断で認めなかったことは、「裁量権の乱用」と批判されても仕方がない。

 しかも、田中文科相は、設置審が認可答申を出した、他大学の学部や大学院の新設については認可している。大学新設だけを不認可としたこととの整合性をきちんと説明できるのだろうか。

 文科相の独断と暴走がもたらす混乱は計り知れない。

 来春開校予定だった大学側は校舎整備を進め、教員も確保している。3校の一つ、秋田公立美術大の開校を目指す穂積志・秋田市長が、不認可の撤回を求める方針を表明したのは当然と言える。

【そもそも、最終的な認可も受けていないうちに、校舎整備を進め、教員も確保しているという現状がおかしいと思うのだが?なぜ、その点には触れないのだろうか。】

10/28付日経
 リーマン・ショックの影響などで停滞が続いた日本のアニメ産業が活気を取り戻してきた。新作の制作が増えたほか、海外での現地企業との合作、ネット配信の本格化など攻めの動きが目立つ。この勢いに弾みをつけ、日本の好感度向上にもつなげていきたい。

 日本動画協会によれば、2011年にテレビ放映されたアニメ作品は220本で前年比10%増。06年の279本を頂点に減り続けた本数が増勢に転じた。新作に限れば164本と18%増だ。

 アニメは玩具、ゲーム、音楽、関連本、ファッション、美術、観光など周辺市場も活性化させる。主題歌のコンサートや仮装大会、舞台となった場所への訪問と、アニメファンの消費の幅は広がっている。自治体などはこの流れをまちおこしに生かすべきだ。

 日本アニメは海外にもファンが多い。歌や仮装などの催しも国境を越えて広がる。制服や弁当、神社に海外の若者が関心を持ち、観光や留学で日本を訪れている。

 今年12月には人気アニメ「巨人の星」が現代インドに舞台を移して再制作され、現地で放映が始まる。違法配信が多い中国でも、日本のテレビ局が参加して正規配信が始まった。こうした工夫の積み重ねで海外市場を収益源に育てたい。日本への親しみも増す。

 政府は「クールジャパン」の標語を掲げアニメ、漫画、ゲームなど大衆文化やサブカルチャーの育成を目指している。しかし現状は手探りが続く。

 東京都は10年前からアニメの都を目指し見本市「東京国際アニメフェア」を開催、10万人前後を集める。それとは別に経済産業省は3年前から小規模な「東京国際アニメ祭」を始めた。海外企業は戸惑いを隠せない。東京都は一方で漫画流通への規制を強めており、出版界の反発を買っている。

 大衆文化を育てたのは、戦後日本の自由な空気だ。主役は企業、創作家、消費者。官はサポート役。この分担を忘れず、せっかく芽吹いた産業をうまく育てたい。
【あんな気持ち悪いもんがクールとか気が狂っているとしか思えない。日本の恥だから日本から外に出さないでください。否、日本からも撲滅してください。】


11/1付日経
 1985年に制定された派遣法は、正社員以外の働き方は望ましくないという考えが土台にあり、正社員の仕事が派遣に置き換わるのをできるだけ防ごうとしてきた。通訳・翻訳など専門的な26業務以外は派遣労働の期間を最長3年に限っているのもその表れだ。

 契約社員やパートなどを含め、多様な雇用形態の人たちが企業を支えている実情を踏まえて労働政策を考える必要がある。派遣という働き方を否定的にとらえない方向に改めるべきだ。

 派遣労働をめぐる問題は、自らの意に反して派遣で働く人が正社員に転じにくいことだ。

 民間人材サービス業の団体である人材サービス産業協議会は派遣社員の正社員転換を促すため、身につけた技能を評価する業界共通の制度づくりを始めた。官民が協力すれば評価制度が普及しやすい。派遣で働く人の自助努力がかなうようにして、派遣労働の不安定さを改善したい。

【誰がすき好んで不安定な職を選ぶというのだろうか。派遣なぞ無いほうがいいというのが、なぜ当たり前でないのか。労働者から搾取する経営者の視線でしか語っていないからじゃないの?】


11/3付日経
 政府は電力小売りの全面自由化など、競争を促す電力市場改革も急ぐべきだ。「地域独占」に守られてきた電力会社に、高コスト体質からの脱皮を迫る必要がある。

 それでも火力依存が続けば、燃料費は経営努力を上回るペースで増える。日本エネルギー経済研究所の試算では、燃料費の追加負担は20年までに24兆円となる。国富が流出するうえ、電気料金の上昇が日本企業の国際競争力を弱め、国内の空洞化が進みかねない。

 こうした影響を避けるには原発の利用を考えざるをえない。政府がまとめた「革新的エネルギー・環境戦略」は、安全が確認できた原発は再稼働させるとしている。原子力規制委員会が発足し、再稼働の前提となる新しい安全基準作りも始まった。規制委には作業を滞りなく進めるよう求めたい。

【原子炉を維持しつつ止めているから余計な金がかかるだけ。廃炉にすればいいだけ。なぜ、金がかかるから再稼働という話になるのか。】


11/3付毎日
 田中真紀子文部科学相が大学設置・学校法人審議会の答申を覆し、3大学の新設を不認可とした。大学側に不備があるのではなく、「政策判断」だという。極めて異例だ。

 なぜか。

 これまで大学が多くつくられ、教育の質が低下し、それが就職難にもつながっている。そう文科相は論じる。そして長く変わらないできた審議会制度のあり方を見直し、当面は新設を認めないという。

 だがその論法が、具体的な欠格理由なしに不認可とされた3大学に通じるだろうか。来春の開学に向け準備に当たってきた当事者や入学志望者にはたまったものではあるまい。個別に「なぜ」の説明が必要だ。

 政策として当面、大学新設を見送るというのなら、本来、審議会に諮問する前の段階で明示するのが手順というものだろう。

 文科相が「50年後、100年後の将来のため」と説くにしては、あまりに唐突の感がぬぐえず、無用な混乱を引き起こす懸念もある。

 大学設置基準は1990年代初め、規制緩和の流れをくんで大綱化(緩和)された。大学は増え、大学進学率も上昇し、5割を超えた。

 一方で少子高齢化は予想以上に進み、総定員枠に総志願者数がほぼ収まる「全入」時代に。今年度入学では私立大の4割以上で定員割れを起こしている。

 経営難の大学も現れた。先月は創造学園大学などを運営する堀越学園(群馬県)が学生が在籍するまま年度末までに文科相の「解散命令」を受ける異例事態になった。

 文科相は今回そうした状況にも触れ、大学設置基準厳格化を挙げる。

 大学の「質」を支えるためだが、開学のハードルを今より高くするだけで改善することではない。数が多いから学力が落ちるという論法なら、数を絞れば学力も上がるということになるが、一面的だろう。

 むしろ、入学試験のあり方や見極める学力、高校・大学の学力の接続法、資格試験の導入案など、中央教育審議会などで積み上げられてきた論議を深めたい。

【そんなことしてたらいつまで経っても変わらないというのが日本なわけだが。】

|

« 引きこもり中 | トップページ | 鬱だ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/193880/56428586

この記事へのトラックバック一覧です: 社説を読む 第35回:

« 引きこもり中 | トップページ | 鬱だ »