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2012年12月 1日 (土)

社説を読む 第39回


11/29付朝日
 自民党が政権公約で、憲法を改正して自衛隊を「国防軍」に位置づけると明記した。

 安倍総裁は「外に向かって軍隊、内に向かって自衛隊。こんな詭弁(きべん)はやめようというのが自民党だ」という。

 日本の安全保障政策の根幹に関わる問題であり、強い危惧を感じざるを得ない。

 国防軍構想は自民党の4月の憲法改正案に盛り込まれた。

 自民党作成のQ&Aによると、改正案では、(1)集団的自衛権行使に関する憲法上の制約をはずす(2)国際平和活動における武力行使を可能にする(3)軍法会議である「軍事審判所」も置く、などとしている。

 単なる名称の変更にとどまらず、「普通の軍隊」に近づけたいということだろう。

 だが、自衛隊は憲法9条の平和主義に基づき、専守防衛に徹し、海外での武力行使を禁じるなど、制約された実力組織として内外に広く認知されている。

 この制約を取り払えば、国際社会、とりわけ周辺諸国に「軍の復活」と受けとめられ、不信感を抱かせかねない。

 さらに、現在の自衛隊のままで、なぜ期待される役割が果たせないのかも疑問だ。

 有事対応や抑止力としての機能はもとより、災害救助などを通じて自衛隊は国民の信頼を得ている。東日本大震災での献身的な活動は記憶に新しい。

 国連の平和維持活動(PKO)にも積極的に参加し、その仕事ぶりは各国から高く評価されている。

 それを、なぜ変える必要があるのか。

 折しも、尖閣諸島や竹島をめぐり、中国や韓国との関係が悪化した。

 国防軍をめぐる論争は、タカ派でならす日本維新の会の石原代表らと強い姿勢を競い、「右」の支持層を奪い合っているようにも見える。しかし、内向きの安保論議は、中韓との関係改善には逆行する。

 ここで議論を喚起して、安倍氏主導で憲法改正に道を開きたい思惑もあるのだろう。

 もっとも、憲法改正の発議には衆参両院の3分の2以上の賛成が必要だ。

 国防軍構想には、民主党のみならず、総選挙後に自民党と連立を組む可能性のある公明党も強く反発している。

 それらを考えると、果たして現実味のある話といえるのか。

 領土をめぐる対立にしろ、沖縄の基地問題にしろ、地に足をつけ、着実に取り組むべきだ。これこそ政治の第一の責任ではないか。


11/25付日経
 尖閣諸島や竹島をめぐる中国、韓国との摩擦は、日本の社会にさまざまな教訓を与えている。

 そのひとつとして、わたしたち日本人が近現代の歴史にあまりにも疎いという現実も浮かび上がってきた。「尖閣」「竹島」にもつながる日本とアジアの歴史を、きちんと理解できていないのではないか。そんな指摘が少なくない。

 たとえば、太平洋戦争中に日本の軍政下にあったインドネシア・バリ島を観光で訪れ、現地の人から過去を教えられて当惑する。学校の授業では、そんなことは習わなかったというわけだ。

高校の授業を見直せ

 これでは、将来の日本を背負う若者が周辺国の同世代と論争をするにしても、ちぐはぐな展開になってしまう。歴史についての基礎知識を持っていなければ感情的な反発に走ったり、沈黙に陥ったりするばかりだろう。

 そうした認識に立って、まず学校での歴史教育のあり方の根本的な見直しを提案したい。その中心になるのは、義務教育化した高校での教育内容の改革である。

 現在の高校では「地理歴史」という枠のなかに世界史、日本史、地理の3科目があり、これを組み合わせて履修する。1994年から世界史は必修、日本史は地理との選択が可能となった。

 これには事情がある。日本史は小中学校でもあらましを学ぶが世界史には踏み込まない。ならば高校ではグローバル化に合わせて世界史に重点を置くべきだという考え方が強まり、必修化された。

 しかし、高校段階で日本史にまったく触れずに卒業する生徒が少なくない現状は、やはり好ましくない。そもそも、世界史と日本史を画然と切り離して教えることにも無理があろう。

 そこで考えたいのが、歴史科目の再編だ。日本学術会議は昨年、日本史と世界史を統合した必修科目「歴史基礎」を新設するアイデアをまとめた。学術会議は近現代と東アジア地域を意識した内容を念頭に具体案を詰めている。

 科目の再編は学習指導要領の改訂が必要だが、東アジアを中心に近現代を軸にした歴史を学ぶという基本的な方向は十分検討に値する。現行の日本史でも、一般的な「B」のほかに、おもに普通科以外で使われる近現代限定の「A」があるほどだ。歴史の教え方には柔軟な発想があっていい。

 ただ、新しい科目をつくるにしても、次の指導要領の改訂は2018年以降だ。それまでの間にも、できる改革はどんどん進めていく必要があるだろう。

 古代から21世紀まで教える項目が膨大で、近現代が手薄になってしまうという声が教育現場には多い。項目を精選し、世界の中の日本、アジアの中の日本という視点で授業を展開できないだろうか。文部科学省は現場の創意工夫をなるべく認めるべきだ。

 とはいえ中国などの反日教育の向こうを張り、戦争を美化してナショナリズムをあおるような教育を推し進めるのは不毛だ。逆に、戦前の社会をいたずらに重苦しいものととらえるのもよくない。歴史を冷静に、多面的に考える姿勢こそが周辺国との相互理解につながるだろう。開かれた歴史教育を心がけるべきである。

大人も教養深めたい

 項目の丸暗記に偏りがちな授業を見直す必要もある。「なぜ、そうなったのか」「そのとき、もし別の道を歩んでいたら……」。歴史教育で本当に大切なのは、こういった思考力や、意見をたたかわせるディベート力だ。

 教育関係者のなかには、若者が近現代史どころかバブル期あたりの「近過去」にさえ疎いという意見がある。ならば近過去から徐々に遡って近現代を考えてもいい。従来の歴史科目の枠組みに収まらない授業づくりが求められる。

 こうした改革を進めるためには、大学入試も転換しなければならない。暗記力を試すような入試で歴史に対する思考力を問えるだろうか。私立大のマンモス入試などは、とりわけ改革が必要だ。

 歴史の教養を深める必要があるのは、若者だけではない。多くの日本人が、尖閣、竹島に最近までは関心が薄く、中国で反日行動が燃えさかった9月18日(満州事変の発端となった柳条湖事件の発生日)の意味を知らない。大人も大いに学ばねばならない。

 そのための素材を提供するのは、新聞も含めてメディアの重要な役割だと心したい。政府も政治や外交の史料を積極的に公開してほしい。来し方の誇るべきも悔やむべきも、虚心に顧みる。成熟国家の条件ではないだろうか。

【侵略戦争を正当化するような馬鹿右翼が誕生するのも、知識が無いからでしょうしね。いいご指摘です。】


11/26付日経
 日欧など48の国と地域が加盟し、大西洋域のマグロ資源を管理する大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)は、2013年のクロマグロ漁獲枠を10年ぶりに増やすことを決めた。10年以降の厳しい漁獲管理が奏功し、資源量が回復してきたためだ。

 地中海を含む東大西洋域のクロマグロ漁獲枠は10年に1万3500トン、11年と今年は1万2900トンと、06年までの3万2千トンに比べ3分の1近くに削減された。

 絶滅が心配な生物種の国際取引を規制するワシントン条約会議が10年に大西洋・地中海産クロマグロの禁輸を検討したこともあり、ICCAT加盟国は漁獲証明書のないマグロは輸入しないなど流通規制も徹底した。

 各国は、これだけ厳しい漁獲管理を徹底してようやくマグロの資源量が回復できることを肝に銘じるべきだ。来年の増枠が500トンにとどまるため、14年には大幅な漁獲枠の増加を期待する声もある。しかし、当面は資源量調査の精度を上げながら、過剰な漁獲を避ける対策を徹底していくことが優先課題だ。

 マグロやカツオ類は、主に地域ごとに5つの国際機関が資源量を管理している。課題は太平洋域にもある。とりわけ未成魚の漁獲が多いことは懸念材料だ。

 政府は今年、国内でクロマグロ養殖場の増加や規模拡大を制限する方針を決めた。人工稚魚の供給を上回るペースで養殖場が増えれば、足らない稚魚を天然資源から取ってしまうからだ。

 養殖産業の強化は重要だが、天然資源に頼らない人工稚魚をもっと増やせるように技術開発を急ぐべきだ。地中海で急増したクロマグロの畜養場が、ICCAT管理下の資源を減少させたことを反省材料としなければならない。

 政府は7月にクロマグロ稚魚の漁獲が目立つ韓国に抑制を求めるとともに、国内業者にも取り扱いを控えるよう要請した。マグロの最大消費国として、日本は今後も資源管理をけん引してほしい。


11/25付毎日
 現地調査では、敷地北端の調査溝(トレンチ)から地層のずれが見つかった。関電は地滑りが原因だと主張した。調査団も、活断層なのか地滑りなのかで意見が分かれたが、活断層の可能性を否定する専門家はいなかった。現行の原発耐震設計審査指針が「活断層」とする「12万~13万年前以降」に動いた点については意見が一致した。現時点では「ずれ」が活断層である疑いは否定できないことになる。

 だが、規制委の田中俊一委員長は「何の根拠もなしにこういったものを簡単に判断できるほど世の中は甘くはない」と語り、全国で唯一稼働中の大飯原発の停止を、直ちに求めることを否定した。調査前に田中委員長は「濃いグレーの場合もそれなりの判断をする」と話していたが、どの段階から濃いグレーになるのかもはっきりしない。規制委との意見交換会に出席した有識者から、停止を求める声が出たのは当然だ。

 そもそも大飯原発3、4号機は、政府が暫定的にまとめた安全基準に従って7月に再稼働された。事故時の対策拠点となる免震棟建設など時間がかかる対策は後回しで、地域防災計画の見直しもできていない。活断層の現地調査も、本来なら再稼働前に実施すべきだった。

 東日本大震災をきっかけとした原発周辺の断層再評価作業の過程で、活断層が見逃されていた可能性のある原発が相次いで浮上している。規制委は福井県の日本原子力発電敦賀原発など5施設も現地調査する。見逃しの背景に、電力会社と規制当局のもたれ合いがなかったかも、あわせて検証を進める必要がある。

 島崎委員長代理は大飯原発の追加調査について「データがきちんとそろえば一致した結論に至る」と言うが、他の原発の調査を含め、活断層の存在が否定できないケースも出て来るはずだ。その際に、最優先されなければならないのが、国民の安全だ。規制委は、「グレー」判定にとどまる原発に対しても、稼働停止や廃炉を求めていくべきである。


11/27付毎日
 自民党は、衆院選の「政権公約」で憲法改正をうたい、「国防軍の設置を規定」と宣言している。

 同党は今年4月に決めた「憲法改正草案」で、戦力不保持・交戦権否認を定めた憲法第9条2項の表現を削除し、代わりに「国防軍を保持する」などの項目を設けた。自衛隊を国防軍と明記して位置付け直すのが狙いで、これを公約に盛り込んだということなのだろう。

 この公約について野田佳彦首相は「名前を変えて中身が変わるのか。大陸間弾道ミサイルを飛ばす組織にするのか。意味がわからない」と批判した。これに対し、自民党の安倍晋三総裁は「憲法9条を読めば、軍は持てないという印象を持つ。詭弁(きべん)を弄(ろう)するのはやめるべきだ」と反論した。民主、自民両党幹部からも同様の批判や反論が相次いでいる。

 自衛隊を国防軍と名称変更する積極的意義は、確かに不明だ。安倍氏は国防軍設置に合わせ、「そのための組織を作り」、武器使用基準など戦闘行動要領を定めた交戦規定(部隊行動基準)を整備すると語った。

 しかし、日本の防衛戦略である専守防衛を基本に、現在の交戦規定の一層の充実が必要だというなら、国防軍に名称変更しなくても対応できる。そして、国際社会では自衛隊はすでに軍隊と認識されている。

 1954年に設置された自衛隊は、侵略戦争の経験を踏まえてあえて「軍」の表現を避けて名付けられた。「軍」の復活はかつて日本が侵略したアジア諸国に、よけいな反発を呼び起こしかねない。

 名称変更には、その先に、他国並みの軍隊に衣替えしようという意図があるのかもしれない。日本は今、自衛権行使についても限定的に解釈している。もし、改憲による国防軍設置によって、専守防衛の原則を取り払い、自衛隊の攻撃能力を向上させることを目指しているとすれば、重大な戦略・政策の変更となる。



11/26付朝日
 政治とカネ。今回の総選挙でも忘れてはならない課題だ。

 民主党政権はこの醜聞でつまずき、輝きを失った。

 鳩山由紀夫氏は、母親から毎月1500万円もの金を受けとりながら「秘書に任せていて私は知らない」と述べ、その元秘書は政治資金収支報告書にうそを書いたとして有罪になった。「裁判が終われば使い道を明らかにする」という氏の約束もほごにされ、不信を残した。

 小沢一郎氏をめぐる政治資金事件も同様である。

 本人の無罪は確定したが、元秘書3人は一審で有罪判決をうけた。「収支報告書など見たことがないし、見る必要もない」と法廷で言いきった小沢氏に、国民はあぜんとした。

 民主党には、労組からの違法献金で辞職した議員もいた。にもかかわらず、政治の浄化をうたった3年前の政権公約の実現にむけて、党が一生懸命汗をかいた跡は認められない。

【国家の大事に比べて、非常につまらない、どうでもよい問題を、人を罠にはめるためにさも大問題であるかのように吹聴する、マスコミの醜悪さ。この諸問題は、すなわちそれである。別に政治家が数億円儲けようが何しようがそんなことはどうでもいい。】


11/24付読売
 問われるのは日本の通商政策だ。野田首相は「TPP、日中韓FTA、RCEPを同時並行的に推進する」と繰り返している。

 日本はまず、TPPへの早期参加を急ぐべきだ。それを弾みにRCEPや日中韓の交渉を有利に進め、TPP交渉でも自らの主張を反映できるようにしたい。

【なぜTPPが先なのかよく分からない。一番説明すべきところを1行だけで済ましている。】


11/25付読売
 ◆電力安定確保の観点で選択を◆

 国民生活と経済成長に不可欠な電力をどのように安定的に確保するか。衆院選でエネルギー政策は大きな争点となる。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、各党の原発政策が注目される。

 「脱原発」か、否か、という単純な二項対立では、資源小国・日本の諸課題を解決できない。各党は景気や雇用、地球環境、核不拡散など多角的な視点から、地に足の着いた論戦を展開すべきだ。

 ◆無責任な民主党の公約◆

 福島の事故で原発の安全に対する国民の不安は高まった。原発の安全性を向上させ、再発防止に万全を期さなければならない。

 エネルギー自給率が4%の日本が、全電源の約3割を占める原発をただちに放棄するのは非現実的だ。

 ムードに流されて安易に脱原発に走れば、「経済の血液」である電力供給が弱体化する。日本経済の将来に禍根を残しかねない。

 各党と有権者は、重大な選択の岐路に立っていることを自覚して選挙に臨む必要がある。

 懸念されるのは脱原発を掲げる政党が目立つことだ。国民の不安に乗じて支持拡大を狙う大衆迎合ではないか。

 民主党は政府が「革新的エネルギー・環境戦略」で打ち出した2030年代の「原発ゼロ」を、政権公約(マニフェスト)に盛り込むという。経済への打撃を軽視した、欠陥だらけの「戦略」をそのまま公約するのは問題だ。

 民主党政権の「脱原発路線」の影響で、ほとんどの原発が再稼働できていない。老朽化した火力発電所をフル稼働する綱渡りの中、液化天然ガス(LNG)など燃料の輸入が急増し、年3兆円もの国富が流出し続けている。

 工場が海外移転する産業空洞化も加速し、国内雇用は危機に直面している。民主党は自らの“電力失政”への反省が足りない。

 自民党の安倍総裁は、民主党の「原発ゼロ」方針を「極めて無責任だ」と批判した。科学的に安全性が確認できた原発は政府が責任を持って再稼働させると明言したのは、政権復帰を目指す責任政党として妥当な姿勢である。

 自民党の公約が、中長期的なエネルギー構成を10年かけて決めるとしているのはスピード感に欠ける。原発を有効活用する明確な方針を打ち出すべきだ。あわせて核廃棄物の処理について検討を進めることが欠かせない。

 民主、自民の両党に次ぐ「第3極」を目指す日本維新の会が、石原慎太郎前東京都知事の率いる太陽の党と合流した際、「30年代に原発全廃」の従来方針を取り下げたのは結構な判断だった。

 だが、新たな政策が「新しいエネルギー需給体制の構築」というだけでは、あいまい過ぎる。

 一方、即時あるいは早期の原発ゼロを主張するのが、国民の生活が第一や共産党などである。

 ◆再生エネ過信は禁物だ◆

 反原発派は夏のピーク時に停電しなかったため「原発なしで電気は足りる」と主張するが、生産停滞や電力料金の上昇などの悪影響を無視した的外れな見解だ。

 脱原発のマイナス面も率直に有権者に示して選択を求める誠実な姿勢が求められる。

 ほとんどの党は、原発の代替電源として太陽光や風力など再生可能エネルギーを挙げる。再生エネの普及に期待したいが、水力を除けば全発電量の1%強にすぎない。すぐに原発に代わる主要電源に育つと見るのは甘すぎる。

 当面は石炭やLNGなど火力発電の増強で対応せざるを得まい。火力発電の増加による温室効果ガス排出や大気汚染など、環境問題に触れずに、「脱原発」を唱えるのはご都合主義である。

 発電燃料を原油に頼り、停電の危機に陥った石油ショックの教訓は重い。原発を含む多様な電源の選択肢を持つことが大切だ。

 ◆外交・安保にも影響が◆

 政府・民主党の「原発ゼロ」方針には、核燃料サイクルを同時に進める矛盾について欧米から疑問が呈された。米国は原子力の平和利用や核不拡散に支障が出かねないとして、強い懸念を示した。

 再処理した核燃料を発電に使わないと、核兵器に転用できるプルトニウムの保有量が、再処理で増え続けることになるからだ。

 日米原子力協定で認められているプルトニウム保有という特別な権利も、アジアにおける米核政策のパートナーの地位も、日本は同時に失う恐れがある。外交・安全保障の観点からも、安易な「脱原発」は避けるべきである。

【この社説の記載すべてを全力を持って否定します。脱原発はムードやブームといったものではない。日本人の決断だ。そもそも、電力不足など発生していないのになぜあんな欠陥技術を使用する必要があるのか?原子力ムラ住民の読売新聞には一生かかっても分からないでしょうが。一生、欠陥技術抱えてろ。】


11/27付読売
 電力会社が徹底した合理化で値上げ幅を圧縮するのは当然だが、リストラだけで値上げは抑えられない。安全性を確認できた原発を活用することが不可欠である。

 関電の値上げ幅は、高浜原発2基の再稼働が前提だ。九電も3~4基の再稼働を見込んでいる。

 政府の原子力規制委員会が新たな安全基準を策定するのは、早くても来夏となる。政府は時間を空費せず、安全を確認後、円滑に再稼働できる手順を用意しておくべきだ。地元の理解を得るための信頼醸成も求められる。

 再稼働が実現しないと想定を超える燃料費がかかり、追加値上げを迫られる可能性がある。

 電気料金が急騰すれば、家庭への影響は大きい。経営体力の弱い中小企業も倒産・廃業の危機に直面しよう。工場が海外移転する産業空洞化の加速で、国内雇用が急速に失われる懸念は拭えない。

 料金高騰の防止に向け、液化天然ガス(LNG)などの燃料を安く調達する戦略も推進したい。資源国との交渉や資源開発で、政府の果たすべき役割は大きい。

 日本が「原発ゼロ」を掲げたままでは資源国に足もとを見られ、交渉は不利になる。現実的なエネルギー政策への転換が急務だ。

【まったく逆。原発なんて危険極まりない旧世代の技術使ってると蔑まれるだけ。】


11/28付読売
 自民党が政権公約で、「国防軍」を保持するとした憲法改正を掲げたことが衆院選の争点の一つに浮上してきた。

 各党は、これを機に、より本質的な憲法改正論議に踏み込むべきである。

 自民党の公約に対し、野田首相は「あえて国防軍と名前を変え、憲法を改正して位置づける意義が分からない」と発言した。これが論戦に火を付けた。

 自民党の安倍総裁は、自衛隊は国際法上、軍隊と見なされているのに、政府の憲法解釈では軍隊ではないとされていることこそが問題だと反論した。軍隊でなければ、万一の場合、自衛隊員は捕虜として扱われないとも言及した。

 もっともな見解である。

 憲法9条は、第1項で戦争を放棄し、第2項で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と戦力不保持を定めている。

 自民党の公約は、谷垣総裁当時の4月に発表した憲法改正草案に沿ったものだ。草案は9条1項を継承する一方で、2項は削除した。その上で「自衛権の発動」を妨げるものではない、として「国防軍」の保持を明記している。

 憲法に、自衛のための組織を明確に記すことは当然だ。自衛隊の法的な位置づけを巡る混乱に終止符を打つべきである。

 読売新聞も2004年の憲法改正試案で、「自衛のための軍隊」保持を盛り込んでいる。

 首相自身、野党時代の自著で、自衛隊を「外国から見たら、日本軍だ」とし、「きっちり憲法の中で位置づけなければいけない」と主張しているではないか。

 自らの持論を否定するような発言をするのは理解に苦しむ。

 首相が自民党の公約について、「自衛隊を大陸間弾道弾を飛ばすような組織にするのか」などと発言しているのも問題である。安倍自民党に「タカ派」のレッテルを貼り、殊更に有権者の不安を煽(あお)ろうとする選挙戦術そのものだ。

 一方、民主党の新たな政権公約(マニフェスト)からは憲法改正に関する記載が姿を消した。「自由闊達(かったつ)な憲法論議を」とした3年前よりも後退した感が強い。

 「国防軍」を巡る論戦を仕掛けた以上、民主党は憲法で自衛隊や自衛権をどう位置づけるのか、方針をまとめるべきだ。

 衆院選では、憲法とも関連する、集団的自衛権行使の是非や、自衛隊の国際活動のあり方についても活発な論戦を期待したい。

【「国防軍」なぞ馬鹿の戯言。トンデモである。安倍はタカ派そのもので極右でしょ?首相は何も間違ったことは言ってない。】


11/29付読売
 国力を衰退させる「脱原発」を政治目標に掲げる政党に、日本の未来を託せるだろうか。

 日本未来の党が、正式に発足した。代表に就任した嘉田由紀子滋賀県知事は「卒原発プログラム」を作成し、徐々に原発を減らして10年後をめどに原発ゼロにする意向を示した。

 「脱増税」「脱官僚」「品格ある外交」など抽象的な言葉ばかりを掲げている。経済や社会保障、安全保障といった重要なテーマでさえまだ政策がない政党だ。

 嘉田氏が「この指止まれ」と呼びかけたように見えるが、実態は国民の生活が第一の小沢一郎代表や、民主党を離党して新党を結成した山田正彦元農相らが根回しをして、合流を決めたものだ。

 空疎なスローガンと、生き残りのために右往左往する前衆院議員たちの姿には、政治家の劣化を痛感せざるを得ない。

 嘉田氏が掲げる「卒原発」は脱原発と大差はない。それだけでは願望に過ぎず、無責任である。

 電力の安定供給や代替エネルギー確保、経済・雇用対策、原子力の人材育成などについて現実的な計画を明確に示すべきだ。

 結党に際して発表した「びわこ宣言」には「原発事故の潜在的リスクが最も高いのは老朽化した多数の原発が集中立地する若狭湾に近い滋賀県」とある。電力供給の恩恵を受けておきながら、原発立地自治体への配慮が不十分だ。

 滋賀県の利害のために国政に進出するとの発想も改める必要がある。嘉田氏は知事と党首との兼務が可能かどうか悩んだという。政党運営の経験がないだけに、両立には困難が伴うに違いない。

 小沢氏が名称にもこだわった政党をあっさり捨てても、驚くには当たるまい。党首として前面に出たくなかったのだろう。その分、未来の党の公約原案には小沢氏の従来の主張が反映されている。

 日本維新の会と連携できず、民主党離党組の党だけでは選挙戦で埋没する。クリーンイメージの嘉田氏を「表の顔」に担ぎ出して巻き返そうと考えたようだ。相変わらずの小沢流である。

 「決められない政治」で既存政党に対する国民の不信感が高まる中、急ごしらえの新党の離合集散が目立っている。だが、新党は、国政を担う能力に疑問符が付き、政策も大衆迎合色が濃厚だ。

 有権者はそのことを十分理解した上で、新党の真価を見極めることが重要である。

【主張が原子力ムラの中しか見えていないトンデモなのはいつも通りだが、それにしても文章が汚い。本当に文屋の書いた文章だろうか?】


11/30付読売
 原子力発電については、宇都宮氏と笹川氏が「脱原発」を打ち出している。

 東京は電力の大消費地であり、電力の安定供給が崩れれば、都市機能はマヒする。知事には都民生活を守る責務がある。原発の代替エネルギーを確保する見通しがない現状での脱原発は、無責任な主張ではないか。

【いま現在、東電管内で原発はただの1基も動いていないのですが?どれだけ耄碌しているのですか?】


11/30付読売
 しかし、代替エネルギー技術の進歩や経済状況の変化まで見越して、「ゼロ」への道筋を明確に出来ない以上、国政を担う政党として無責任に過ぎよう。

 自民党の安倍総裁は、原発ゼロを唱えることで経済・雇用へ悪影響が及び、原子力関係の技術者も育たなくなる、と懸念を示した。「軽々にゼロと言うべきではない」との指摘はもっともである。

 日本維新の会の石原代表が脱原発を「一種の願望」と一蹴し、公約の「30年代までにフェードアウト」という記述を見直す考えを表明したことも評価できる。

【何度も言うが全く評価できない。最低の考えだ。弱いものを切り捨てる強者の理論。このような論説を見て毎回思うのだが、福島の人にもこんなことを臆面もなく言えるのだろうか?だとすれば、それはもうすでに「人間」ではない。まあ、全国紙に書いている以上言っているのと同義だが。】


11/24付日経
 電力の供給不安がこれ以上長引かないように、一定数の原発の再稼働は不可欠だ。長期的に脱原発を訴える政党も、当面は再稼働が必要としているところが多い。

 原子力規制委は来年7月までに再稼働の可否を技術的に判断する基準をつくる予定だが、誰が最終的に判断し、地元に協力を求めるのか、あいまいだ。各党は政府と規制委の役割や責任を明確にし、再稼働への道筋を示してほしい。

【そもそも、この現状でどうして再稼働が許されるのか。その道筋はどうやってたたないと思うのだが、なぜそこを見て見ぬふりをするのか。】


11/29付日経
 では、どこから手をつければよいのか。まずは、米国との同盟の立て直しが急務だ。アジア諸国やロシアとの関係を築くうえでも、日米同盟が大切な足場になる。

 中国や韓国、ロシアが日本に強気になった底流には、日本との力関係の変化がある。日中の国内総生産(GDP)は逆転し、日韓の差も縮まっている。海上の警備能力でも中国は日本を追い越しつつある。ロシアは資源の輸出大国として自信を強めている。

 こうした変化を受け、中韓ロなどには「これまでほど、日本に配慮しなくてもいい」との思いが芽生えているのかもしれない。

 しかし、理由はそれだけではあるまい。日本と中韓ロの力関係は、何も最近になって急変したわけではないからだ。短期でみれば、鳩山元政権が日米同盟を傷つけたことに危機の一因がある。同盟が弱まれば、他国は米国の反応をさほど気にせず、日本に強硬な態度をとりやすくなるからだ。

 だからこそ、日米同盟の再建が肝心だ。そのために必要なのは勇ましい掛け声ではなく、着実な行動だ。まず急がなければならないのは、懸案である米軍普天間基地(沖縄県)の移設だ。良い代替案が見つからない以上、現行案での解決に努力を尽くすべきだ。

 米国は国防費の大幅な削減を強いられている。米軍のアジアへの関与が息切れしないよう、日本が応分の役割を果たすことも同盟の強化には欠かせない。

【鳩山氏は日米同盟を傷つけたのではない。マスゴミが中途半端な形で鳩山氏を追い落とした為である。そして、日米関係は、アメリカが沈没しかけている今、さほど重要ではない。どころか、より軽視すべき存在である。】


11/25付毎日
 今回はハマスが今月中旬からロケット弾をイスラエルに撃ち込み、イスラエルは空爆で応酬、これまでの犠牲者はイスラエル側6人、パレスチナ側は160人を超えた。イスラエル軍が地上侵攻に踏み切れば、さらに多くの死者が出ただろう。

 ロケット弾を撃ち込まれるイスラエルの住民は、たまったものではあるまい。他方、パレスチナ人の恐怖も想像するに余りある。種子島より小さなガザは、海べりの細長い土地に160万人もの人が住む。周囲はイスラエルに封鎖され、空爆となれば女性や子供も逃げ場がないのだ。

 こんな状況を、もはや放置すべきではない。ハマスはエジプトのイスラム組織「ムスリム同胞団」から生まれた団体であり、その同胞団を支持基盤とするモルシ・エジプト大統領の積極的な調停が停戦に寄与した。「アラブの春」によるエジプト民衆革命が、パレスチナ情勢に新たな可能性を開いたと考えたい。

 だが、永続的な安定には米国の仲介が不可欠だ。当面なすべきことは決まっている。当事者が武力の使用をやめ、イスラエルとパレスチナの和平交渉を再開させることだ。「2国家の平和的共存」にはイスラエルも基本的に同意している。にもかかわらず和平もパレスチナ国家の独立も遠いのは、パレスチナ指導部の分裂・対立に加え、米国の仲介中断で交渉が一向に進まないためだろう。

【人数の問題ではないとはいえ、「ロケット弾を撃ち込まれるイスラエルの住民は、たまったものではあるまい。」が先に来るところに大きな違和感がある。アメリカなんかどこも信用してねえよ。】


11/26付毎日
 衆院選に各党がいっせいに動く中、民主党の鳩山由紀夫元首相が同党が公認基準とした政策方針に従う誓約を拒み、不出馬を表明した。

 ◇政治の歯車回る基盤を
 民主党政権迷走の象徴となった感がある鳩山氏の今回の退場と、政権交代の高揚のさなかにあった3年前との落差は残酷なほどである。首相退陣にあたりいったん表明し、その後撤回した「議員は今期限り」との約束が結果的に守られたのがせめてもの救いと言うべきか。

 では、鳩山氏は首相として何を最も誤ったのだろう。普天間飛行場移設問題の混乱は確かに命取りになった。だが、同様に手痛かったのは民主党の看板だった政治主導を実現するため必要な法整備をただちに行わず、先送りした判断ミスである。

 ◇脱官僚の迷走を教訓に
 今衆院選は統治機構のあり方も論点となっている。民主党政権が目指した「脱官僚」は迷走し、ねじれ国会の下で「決まらない政治」が続いた。1院制の検討論など参院のあり方を抜本的に見直す議論が起きたり、首相公選論が再浮上のきざしをみせたりするなど、統治の仕組みの議論は改憲論につながる要素もはらむ。政治の歯車が正常に回るにはどんな仕組みがふさわしいか。制度疲労の実態から目をそらさず、議論を進める時であろう。

【脱官僚を阻止すべく、民主党は駄目だー、鳩山は駄目だー、小沢は駄目だーと喧伝しまくったマスコミの成果ですね。】

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